インタビュー

元愛・地球博チーフプロデューサー/ミラノ万博日本館総合プロデューサー 福井 昌平さん

「持続可能性・多様性・連帯」の発信基地としての誇り深めよう

 東京オリンピック・パラリンピックが新国立競技場問題などで揺れていますが、その他の大型競技場も含めて、今の過大な計画は、世界のオリンピック運動の大きな転換をまったく反映していません。

 昨年11月のIOC(国際オリンピック委員会)総会で、「オリンピック アジェンダ2020」が採択されました。ひと言で言えば「持続可能性とレガシー(遺産)の重視」です。「オリンピックが開催都市や開催国に過剰な投資を強いるものであってはいけない」「オリンピック競技だけでなく、豊かなスポーツ社会を築くためにオリンピックはある、という原点を忘れてはならない」という方針を打ち出しているんです。既存の施設の有効活用をうたうこのアジェンダのどこにも、競技場をどんどん新設しましょうという考えはありません。しかし、日本では、このことはほとんど取り上げられていませんでした。

知られていなかった94年のBIE決議

 実は、愛知万博でも同じようなことが起きていました。

 「オリンピック アジェンダ2020」のように、セビリア万博の後、巨大になりすぎた20世紀型万博への深い反省から、BIE(博覧会国際事務局)は1994年に、万博を、巨大な見本市ではなく、地球的課題をテーマに掲げてソリューション(解決策)を持ち寄って、次の時代のあり方を問う、対話と交流の場にしよう、という決議を採択していました。

 それに基づいて、97年に愛知万博の開催がBIE総会で決定されました。しかし、当時、この決議はあまり知られていなくて、環境博覧会と言いながら、里山をつぶして住宅都市開発をするという昔ながらの手法を考えていたことに、混迷の原因があったのです。

 今から20年以上も前に愛知万博をやろうという運動に火をつけ、しかけを作った志は高く評価しますが、過去の日本開催の博覧会の成功の経験に基づいて作られた計画は、BIEから認められず、存亡の危機に直面していました。

国際諮問委員会でガイドラインを議論

 軌道修正のために、木村尚三郎さんら3人の総合プロデューサーや僕たちチーフプロデューサーが呼ばれました。そして、2005年日本国際博覧会協会が開催した国際諮問委員会に参加し、94年のBIE決議を踏まえて、愛知万博のガイドラインを再討議しました。その結論は、「サステナビリティ(持続可能性)」「ダイバーシティ(多様性)」「ソリダリティ(連帯)」という3つのキーワードで表現されています。持続可能な社会をつくるための様々な解決策を持ち寄る知恵や技の実験の場、地域、生物・生命、文化の多様性を擁護する場、地球市民の感性を磨き地球市民としての連帯を生み出す場にしようという3つの考え方を、僕らは「愛・地球博」という名前に集約させたのです。

愛・地球博で注目を集めた緑化壁「バイオラング」。緑化壁は今や至るところで見られるようになった。

ミラノ万博イスラエル館の垂直麦畑。

21世紀万博のモデルつくったと高く評価

 愛・地球博が、国連ESD(持続可能な開発のための教育)の10年のキックオフイベントに選ばれたのも、この3つの考え方がESDそのものだったからです。

 この考え方は、会場計画、参加計画、広報、演出、運営などあらゆることに反映され、みんなが一生懸命に具現化しました。そのことが世界から高く評価され、BIEの幹部も「愛・地球博は、21世紀万博のモデルをつくり、国際博覧会運動を救った」と、今でも評価してくれます。生物多様性条約のCOP10(第10回締約国会議)やESDの10年最終年会合の誘致に成功したのも、世界がこの考え方を認めていたからだと思います。

提言の発信基地になっている誇りを

 愛・地球博の理念継承会議では恒久施設は作らないというガイドラインが出ましたが、地球市民という考え方をこの公園の中にレガシーとして残そうと、僕たちは「地球市民交流センター」の建設を提案しました。万博後に万博の理念を冠した施設をつくった例はおそらくないと思いますよ。

 提言の3つの言葉は、これからの地球社会を考えるうえでかけがえのないキーワードです。その発信基地に愛知・名古屋がなっているという誇りを、もっと深めてほしいですね。この提言を愛・地球博のレガシーとしてしっかりと踏まえていれば、もっと世界が注目するでしょう。中部には、経験も技術もあるのです。

中日新聞朝刊 平成27年9月18日付掲載

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