インタビュー

「特定非営利活動法人エコデザイン市民社会フォーラム」理事長/「地域の未来・志援センター」理事 萩原 喜之さん

地域に何を残すかを考えてエコマネーなどに取り組む

 僕が市民運動に出会ったのは、今から35年前の1980年、27歳の時でした。当時、建築・設計事務所向けの業界紙の会社に勤めながら、ロック歌舞伎の座員をしていました。そのメンバーの間で岐阜県下呂市への移住話が出て、つい会社に「辞めます」と言ってしまいました。移住話は場所が見つからずに流れてしまいましたが、この際、一生やれる仕事を探そうと思ったんです。

ラジオでリサイクル運動を聞いて即電話

 そんな時、名古屋市内で車を運転していたら、ラジオから東京と大阪のリサイクル運動市民の会の話が流れてきました。「おもしろそう」と直感的に思い、大阪の方の電話番号を暗記して、車を停めて公衆電話から電話をかけました。大阪に行って、資料をもらい、翌年二月に中部リサイクル運動市民の会の準備会を立ち上げたら、「北区の青年、脱サラ市民運動」などと新聞、テレビ、ラジオにどんどん取り上げられました。リサイクル運動という言葉がつくられたばかりのころです。

賛成の人と反対の人の議論の場作りたかった

 中部リサイクル運動市民の会での最初の10年は、不用品データバンク、リサイクルニュース、フリーマーケットなど、啓発活動やイベントに取り組み、90年代には、有機野菜を宅配するにんじんCLUBや100%古紙のコピー用紙開発など、市場開拓に努めました。

 そして、99年に名古屋市がごみ非常事態宣言を出した際には、自分たちで「名古屋市のごみに挑む」という事業計画を発表しました。その時、もともと地球をなんとかしようと言っているのに、200万都市ですら本気で変えようとしていなかったことを猛反省しました。 

 万博が問題として浮上してきたのは、そのころです。僕は、海上の森での万博開催に賛成している人と反対している人が議論する場を作りたかったんです。若手の意見を聞くために万博誘致委員会が設けた「21世紀の夢を拓く研究倶楽部」にも、オブザーバー参加しました。

 入ってみて、万博を通じてこの地域に何を残すかがあまり考えられていないと感じました。僕は、何を残すかを考え、EXPOエコマネー、地球市民村でのグリーンマップ、瀬戸・愛知県館のプロデュース、ささしまサテライト会場のエコライフプラザに取り組みました。

万博会期中60万人の人たちに利用されたEXPOエコマネー

上海・崇明島の小中高生の先生たちにグリーンマップの解説

上海やカトマンズでもグリーンマップ伝える

 エコマネーは、環境を良くする行動をするともらえて、環境に良くすることにしか使えないお金です。持続可能なまちづくりのツールとして、万博終了後も継続していましたが、名古屋市のエコマネーセンターは、事業仕分けで姿を消してしまいました。

 今は、豊田市ががんばっています。リサイクルステーションへの資源持ち込み、市内を走るコミュニティバスの利用、太陽光発電システム設置などに対してエコポイントが発行され、様々なエコグッズの他、豊田市内の農産物とも交換できる仕組みになっています。維持コストも大幅に圧縮されており、地域の課題を解決するツールとしての役割は大きくなってきています。

 地域の環境にいいもの、悪いものを世界共通のアイコンと呼ばれる絵文字で地図に表すグリーンマップも、地域に定着しています。中国の上海でも、理想の“生態島”建設を目指す長江の中洲、崇明島(すうめいとう)で、小中高の先生にグリーンマップの話をしてきました。ネパールのカトマンズでは、グリーンマップを先生たちに教えた一週間後に学校に行ったら、生徒たちが作ったグリーンマップがもう壁に貼ってあって、びっくりしました。

地域の団体を訪ねて信頼関係の構築目指す

 愛・地球博とほぼ同じ時期に立ち上げた「地域の未来・志援センター」は、この10年、環境問題のとらえ方を、CO2やごみなどの狭い意味から、人権、平和、格差などまで含んだ広い意味に広げ、NPOだけでなく、企業や行政まで含めた中間支援組織として活動してきました。

 2008年から人口減少社会に移行した日本では、昔からの経済の考え方はもう役に立ちません。逆方向に向かう社会の中で、新しい社会システムを考えなくてはならないのです。中山間地の独居老人をどうするかという問題は、都市でも深刻になっていきます。

 エコマネーを推進する理由とも共通するところがありますが、こうした問題に取り組むには、人と人の深い信頼関係による関係を構築するしかないと、最近、強く感じています。僕も、これまでは講座に来てもらったりしていましたが、昨年からは、地域の団体を訪ねるようにしています。どんな思いで、何をやっているかは、行かないと分かりません。地域のグループは、課題と解決策、将来の展望をちゃんと見つけているんです。

得意技を合わせて地域の課題を解決

 僕は、愛・地球博は紅白歌合戦だと思っていました。昔は、世代に関係なく同じ歌を聞き、口ずさみましたが、今は、みんな違います。社会が多様化して、地域の人が同じ風景を見ることはなくなりました。でも、万博では、参加、決定、実施のプロセスで地域の人たちがみんな同じ風景を見ました。NPOの人たちが、国、県、企業からの出向者たちと、同じ釜の飯を食って、一緒に仕事をするという共通体験ができたことはとても大きかったと思います。

 それぞれにしかやれないことがあり、一緒になったらやれることもあります。新しい社会システムには、新しい革袋が必要です。「地域の未来・志援センター」の役割は、市民団体、企業、行政に対する中間支援組織として、それぞれの得意技を合わせて地域の課題を解決することだと思っています。

中日新聞朝刊 平成27年3月25日付掲載

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