インタビュー

スタジオジブリ・代表取締役プロデューサー 鈴木 敏夫さん

造り方や公開方法など悩みはいろいろ、サツキとメイの家

 博覧会協会の催事総合プロデューサー、矢内廣さんが、2003年4月に宮崎監督と私を訪ねてこられました。「風の谷のナウシカ」を博覧会のステージで上演させてほしいという依頼でした。ずいぶん悩みましたが、これまでも同様の企画はお断りし続けてきたので、これについてはお断りしました。

期間半年の万博ならなんとかなるかも

 僕は名古屋出身ですけど、それだけで、ジブリとして万博に関与するのはいかがなものかとも思っていました。それでも、矢内さんが熱心な説得を続けたこともあって、「じゃあなんか考えましょうか」となったのです。その話し合いの席の雑談で、宮崎監督が「映画を使って何かをするのなら、トトロの草壁家を再現してみたらおもしろいのでは」という話をしたところ、「本当にトトロの草壁家をつくりませんか」と矢内さんから提案されました。

  実は、それ以前からサツキとメイの家の本物を造ってみたいという考えはありました。東京のある博物館に協力を依頼され、サツキとメイの家を作って寄付しようと考えていたんです。ただ、多額のメンテナンス費用まで寄付し続けるのは難しく、頓挫していました。

 僕は建物が好きで「作ったらおもしろいことになるかもしれない。万博なら、期間が半年だからなんとかできるかな」と思い、宮崎駿の長男で、造園の仕事をしていたことのある宮崎吾朗に「どう、興味ある?」と声をかけてみました。そうしたら「やってみたい」という答が返ってきて、サツキとメイの家づくりが始まったわけです。

関東と柱の長さも瓦も違う名古屋式

 家を造って公開するに当たって、問題が二つありました。

 一つ目は、家そのものです。昔ながらの工法にこだわっている点に共感して、「職人が作る木の家ネット」の棟梁、中村武司さんたちに建築をお願いしたんですが、床柱などの柱が関東よりも短い名古屋式の建て方になってしまったり、瓦も違ったりと、いろんな問題がありました。柱は短くてもなんとかなる、瓦は現地でつくるしかない、というように問題を一つずつクリアしていきました。

 ただ、瓦一個からつくったり、当時の家具などを持ってきたりと、僕らが理想とする昔の家を今造ると数億円のお金がかかるんですよ。どんなものを造るか、そのお金をどう用意するかなどについて、博覧会協会の事務局の方と、けんけんごうごうの議論をしました。

開幕が近づくにつれ万博の目玉の一つに

 この問題はなんとか解決しましたが、建設途中に、もう一つ、できた家をどう皆さんに見学してもらうかという問題が出てきたんです。サツキとメイの家は当初、長久手会場の森林体感ゾーンで行われる自然体感プログラムの参加者が途中で立ち寄るプログラムの一つ、という位置づけで出発しましたが、開幕が近づくにつれて、いつの間にか万博の目玉の一つとして扱われるようになっていきました。

 でも、立派な建物とはいえ、何といっても木造の建築なんですよね。木造の家って、いろんな人が出入りするといっても、一日3、4人、多くても10人、20人といったところでしょ。そこに何万という人が押しかけるわけです。これには相当悩みましたね。

 家が維持できる人数は一日にどれくらいかを、専門家も入れて検討を重ね、一日800人という数字が出てきました。家の外から見てもらうだけにするなど、A案、B案、C案とほんとにいろいろな案がありましたが、僕らが一番やりたかった、皆さんに家に入ってもらって、いろいろ触ってもらうという、三鷹の森ジブリ美術館の方法に決まりました。

予想を大きく上回る応募で端末フリーズ

 そして、実際に予約を開始すると、予想を大きく上回る応募がありました。コンビニの端末と電話による予約システムを使って受け付けましたが、2度目の応募受付をした4月1日には、受付開始と同時に端末がフリーズし、動き出した時にはすべての予約が終了していたという事態も起きてしまいました。一部オークションサイトでの転売を目的に、予約券を取ろうとした心無い人がいたこともあって、この日は60万件ものアクセスがあったんです。それで、そこまで考えなくて申し訳ありませんでした、という謝罪をしたり、いろいろあったんですよ。

映画 となりのトトロの「草壁家」

全国の十数カ所から「あの家がほしい」

 万博が終盤に差し掛かったころ、全国各地から、万博が終わったらあの家が欲しいというお話が来たんですよね。愛知県内や東京、遠く九州、北海道など十数カ所からありました。これにも悩みましたねえ。宮崎監督のところにも話があって、「鈴木さん、使い終わった後、勝手にこっちに持ってきていいの?」と聞かれたりしてね。

 さんざん考えて、思いつきました。選択肢は2つしかない。A案、壊す。この世からなくなれば誰も何も文句を言わない。B案、このまま。というのが、僕の2つの案だったんですよ。どこへ持っていったってもめるじゃないですか。いろいろ検討した結果、壊すのは切ない。だけど、半年間800人ずつ入っていたら、傷んでいるのでメンテナンスをどうするかという問題がつきまとう。それでも、結局、そのまま残すことになって、現在に至るというわけです。

 とはいえ、実をいうと、メンテナンスはずっと続いています。率直に申し上げると、その後も相当な数のお客さんが訪ねていらっしゃるので、かなり傷んできているんですよ。昨今、僕らは「いよいよ難しいかな」って話しています。木造の家なので、人が3、4人で住むなら、ずっと大丈夫ですが、いっぱい人が入って、もう限界にきているんです。愛知県は、もともと博覧会後の3〜5年、公開する予定だったので、その時期は過ぎていますが、ぜひ多くの方々に見てほしいですね。

昭和30年代の“スローライフ” 『となりのトトロ』の主人公が暮らす家

万博当時の「サツキとメイの家」 手押しポンプのある台所

 宮崎駿監督の映画『となりのトトロ』の主人公姉妹が住む昭和30年代の家「草壁家」。この家を構造から仕上げ部材まですべて昭和初期の手法を用いて造り、エイジング(経年変化加工)を施して、家具や調度品なども可能な限り映画の世界をリアルに再現した「サツキとメイの家」は、愛・地球博で最も人気を博したパビリオンの一つです。

 伝統的な日本家屋に洋風の二階建てが附設された当時流行した間取りが特長で、来場者は、映画の主人公サツキとメイが初めてこの家を訪れた時のように、自由に家の中を歩き回れます。そして、手押しポンプのある台所や五右衛門風呂を見たり、押し入れや箪笥の中をのぞいたり触ったりして、古きよき時代の“スローライフ”とも言える昭和30年代の生活、自然と人間が今よりも親密な関係にあった時代の暮らしぶりを感じることができます。

中日新聞朝刊 平成27年3月25日付掲載

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