インタビュー

名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構長 益川 敏英さん

時代の変わり目に起きた大災害が変化を加速する

 まず、今回の東日本大震災の被災者の方々に心からお見舞い申し上げたいと思います。

 私は、学生時代に、名古屋市西区明道町の実家で伊勢湾台風を経験しました。風で瓦が持ち上げられ、部屋で傘をさすくらい家の中に雨が降り込んできました。

 私の在籍していた名古屋大学の理学部学生自治会は、被災者の救援活動をしていました。今でいうボランティア活動のはしりですね。

伊勢湾台風を境に大きな変化

 戦後復興の流れの中、社会全体が60年代に大きく変わりました。そんな時代の変わり目に伊勢湾台風は起こりました。

 1958年に入学した時には、角帽に学生服でしたが、卒業する時には、誰も学生服なんて着ていませんでした。畳の上にちゃぶ台を置いて、食べて、片付けて、そこに寝るという生活が、テーブルとイスになり、団地が建ち始めました。そこからエネルギー多消費社会へと急速に時代は変わっていきました。

みんな苦労したけれど、立ち直りは早かった

 伊勢湾台風後、みんな苦労されたけれど、立ち直りは早かったですね。うちひしがれている暇はなかった。むしろ必死で生きて、生活を立て直しました。戦争に比べたらたいしたことはないくらいの意識もあったと思います。戦争体験のノウハウがあり、それをベースに立ち上がったのではないでしょうか。それに比べると、今の社会は少しぜい弱ですね。

 それでも、今回も、みんな一生懸命生きている。伊勢湾台風でも、阪神大震災でもそうでしたが、見た目の復興は意外に早いだろうと思います。ただ、一人ひとりの心の中がどうなっているかは複雑な問題です。立派に生活は再建したけれど、結婚式など大切な写真がない、というように。

被災した大学や研究機関支援

 今回の震災では、「小林・益川理論」を実験で証明した高エネルギー加速器研究機構をはじめ、東日本の大学や研究機関の実験設備も大きな被害を受けました。研究者の受け入れ、実験設備やスーパーコンピューターの融通利用などの支援に、西日本の大学が乗り出しています。名古屋大学としても、積極的に支援していく考えです。

 地震が起きた3月11日を境にいろいろな変化が起きています、後からみていないと分からないけれど、東日本大震災は時代のこういう変節点だった、と語られる時が来るでしょう。伊勢湾台風と同じように、地震が起きたから変節点となるのではなく、時代の変節点に地震が起こったことで変化が加速されるということだと思います。変化しようとしていたエネルギーが解き放たれるんですね。

教訓を残すことにナゴヤ映画の意味

 私は、「ナゴヤ映画『川のある街―それぞれの伊勢湾台風―』を支援する会」の代表を務めさせていただいていますが、今回のこともあり、伊勢湾台風の教訓をきちんと残さないといけないと思っています。今だからこそ、こういう映画の意味があるのではないでしょうか。それだけ責任が重いということです。

中日新聞朝刊 平成23年4月26日付掲載

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