インタビュー

狂言共同社・能楽師 井上 靖浩さん

強者の人間に弱者の動物が逆襲 狂言の笑いに宿る共生の思想

 これまで生物多様性と言われても「なんぞや?!」という程度の認識しかありませんでしたが、COP10開催を記念する「親子で学ぶ狂言と生物多様性」に出演するにあたり、狂言にもそういうテーマに沿った演目が少なからずあることに気づきました。人間と動物との関わり、あるいは強者の人間、弱者の動物という観点がストーリーに織り込まれているからです。

抑圧された時代に、目上のものをあざ笑ったり、小ばかにしたり

 狂言は今から約500〜600年前の室町から江戸時代にかけて成立した演劇で、当時は今のように何でも自由な時代とは違う、抑圧された時代でした。そのため、低い立場の弱者が、権力を振りかざす目上の者の失敗をあざ笑ったり小ばかにしたりする風刺性を持ち、おもしろおかしく誇張して表現するのが、一つの特徴にもなっています。

 人間と動物という観点からは、人間の身勝手でいかに動物を虐げているかを表し、それに対して動物が、化身や物の怪(もののけ)、悪霊となって人間に逆襲し、いたずらするという演目があります。

 動物を好き勝手に殺すのは、動物からみれば迷惑な話です。それを風刺して人間を困らせるのです。例えば、いつもキツネ狩りをしている猟師に、古キツネが人間の僧侶に化けて、殺生してはいけないよ、と諭す演目もあります。

 狂言には、イヌ・サル・キツネ・タヌキ・ウマ・ウシなどの動物や様々な鳥が登場します。自然との共生は昔も今も変わらない感性で、それにそぐわない行為について、狂言は笑いの中に教訓も織り込んでいるのです。

小猿の皮を貸せという傲慢な大名、蟹の化け物に殴りかかる山伏

 今回の企画で演じる「靭猿(うつぼざる)」は、狩りに出た大名が、小猿を連れた猿曳きに出会い、猿の皮を靭の装飾にしたいので猿を貸せと命じる話です。猿曳きが断ると、弓矢で威嚇して無理やり承知させますが、猿を叩き殺そうと手を上げた猿曳きは、自分の手で殺すことはできないと泣き出します。それを見て、やっと傲慢な大名も改心して赦し、猿曳きが猿回しの芸を披露するというハッピーエンドで終わります。人間と動物、強者と弱者との関係という意味でも、今回のテーマに非常に即した演目だと思っています。

 もう一つの演目「蟹山伏」では、山伏が弟子の強力(ごうりき)を連れて地元に帰る道中で、突然蟹の精に出くわします。強力は蟹の分際でとばかりに金剛杖で殴りかかりますが、逆襲を受け、蟹のハサミで耳をはさまれてしまいます。山伏は祈祷で助けようと…、という話で、こちらも小動物への憐れみがない人間という強者に対して、弱者の小動物が逆襲するという、「立場の逆転」をテーマに作られているのです。

初心者が入っていきやすい狂言、子どもたちは素直にゲラゲラ

 古典芸能の中で、初心者が入っていきやすいのが狂言です。大人たちは古典芸能は難しいという先入観があるだけに、古典芸能とか伝統芸能という言葉が出た途端に一線を引き敬遠がちになりますが、子どもたちは無垢ですから素直に反応し、滑稽な場面ではゲラゲラと声を上げて笑ったりもします。「蟹山伏」とテーマの似ている「梟(ふくろう)山伏」を上演すると、終わった後の子どもたちは必ずと云っていいほど、梟のきっかいな鳴き声を競って真似して、会場中に鳴き声が伝染していきます。

 私たちは子どもの時代にこそ、狂言を見たり体験したりすることが大切だと思っています。愛知県豊田市では毎年、市立小学校の主に5・6年生を対象に訪問授業をしています。また彼らが中学生になると、豊田市能楽堂での鑑賞教室も行われます。

 すぐに反応があるわけではありませんが、能や狂言を体感したことは忘れていないと思います。裾野を広げる意味でも、親子で人間と動物、人間と自然を考えてみようという今回の企画は、とても価値があると思っています。

中日新聞朝刊 平成22年9月10日付掲載

COP10開催記念 VIVA地球EXPO 「親子で学ぶ狂言と生物多様性」 

日時:10月16日(土)午後1時〜3時30分
会場:ウインクあいち大ホール・定員800人
テーマ:日本の伝統芸能・狂言には、いきものたちが多数登場します。親子で狂言を楽しみながら、日本人に古来から息づく自然感に触れ、人といきものの関係や、生物多様性について理解を深めます。狂言の発声方法の体験もあります。

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