インタビュー

NPO法人藤前干潟を守る会理事長 辻 淳夫さん 1981年、ごみ処分場を作るために埋め立て計画があった藤前干潟を埋め立てから守る市民運動を率先し、野鳥調査や10万人の署名集め、国際環境会議でのスピーチ、市長選への立候補などを通して市民や議会、国際機関などに幅広くアピールした。「子供たちに干潟を残したい」との思いが叶い、藤前干潟は全体の5%という面積でかろうじて残された。現在は「疲弊した伊勢・三河湾流域を再生したい」と願い活動している。

山川里海、水でつながる生態系 「いのちの声」を聴こう

餌が豊富な干潟は、渡り鳥たちの休息地

 干潟は渡り鳥の飛来地です。鳥がなぜ干潟に来るのか?それは餌が豊富にあるから。干潟にいるカニやゴカイ、小魚などを食べに来ます。鳥が食べる餌を見ているうちに、底生生物の豊かさに魅かれるようになりました。藤前干潟には、3メートルも穴を掘るアナジャコもいます。シギやチドリなどの渡り鳥は、冬を過ごしたオーストラリアや東南アジアから5,000キロも飛んできて、ここでしっかり餌を食べて体力を取り戻し、また5,000キロ離れたシベリアやアラスカのツンドラ地帯へ渡って、ひなを育てます。

藤前干潟は2002年にラムサール条約(湿地の保全に関する国際条約)にも登録され、海上(かいしょ)の森とともに環境保全の成功事例として環境首都・名古屋のシンボルとなり、COP10誘致の際の大きな力となった。

プランクトンのスープの中で命が育つ

 では、カニやゴカイは何を食べているのでしょう?干潟の表面には、ケイソウなどの植物プランクトンがびっしりと層になっています。水で薄めて顕微鏡で見ると、ひとつひとつの固体が動き回っているのが見えます。これらは、山から流れて来る養分の窒素やリンを吸収し、太陽で光合成をして増殖します。カニやゴカイの赤ちゃん(動物プランクトン)はこの植物プランクトンを食べて育ちます。プランクトンのスープの中で無数の命が育つのです。そのことが、『干潟は命のゆりかご』といわれるゆえんです。特に藤前干潟はプランクトンが濃いといわれています。

干潟を埋め立てから守った「いのち」の選択

 稚魚たちは干潟で育ち、成長して大海(伊勢湾)へ出て行きます。それを漁師さんが捕えて街へ運び、わたしたちの食卓へ上る。ということは、わたしたち人間も干潟の「いのちのつながり」の輪があって生かされているわけです。

 名古屋市は当初、鳥のために干潟を守るか、あるいは人間のためにごみ処分場を作るかという「鳥か人か」の選択を迫りました。しかし、鳥と人の利害は対立することなく、鳥に良いことは人にも良いのです。逆もまた然り。市民は「他のいのちを食べて生きているわたしたちも、そして鳥たちも生き続けられるように」と、「鳥も人も」の選択をしたのです。

疲弊した伊勢・三河湾の再生を

 しかし、今、伊勢・三河湾がピンチです。毎年秋に苦潮(青潮)が発生し、大量のアサリが酸欠で死んでいます。これは海水の上下対流がとまる夏場に、赤潮プランクトンが発生し、沈んで分解されるときに海水中の酸素が消費されて『貧酸素水塊』をつくるためです。根本的な原因は、干潟の減少です。臨海開発のために浚渫埋め立てを繰り返して、干潟を壊してきたからです。干潟の生態系は、川から流入する陸からの養分を取り込み、海の幸を育てることで海の浄化をして、赤潮の発生を抑えてきました。

 豊川の河口、六条潟では、約5,000トンのアサリの稚貝が毎春生まれ、三河湾のアサリ産業の生命線となっていますが、悲しいことに、そのアサリが年を越せないのです。きれいな海なら、アサリは7年以上も生きられるのです。東京湾、大阪湾、諫早湾でも、同様の状況となっています。

COP10で流域の危機をアピール

 日本の人口の約半分は東京湾、伊勢湾、大阪湾に集中しています。そこが豊かだったから人が集まったのであり、流域は人にとっての生存基盤なのです。わたしたちの祖先は、海の幸や山の幸、流域でとれる産物で、自律的・持続的な暮らしをしてきました。生きとし生けるものを敬愛し、自然の尊厳といのちの時間(旬)を大切にする文化を伝えてきました。人以外の生き物は、獲物をとり過ぎず、貪らず、貯めこみません。現代の人間だけが、持続的に食べるという、いのちの掟を破ったのです。

  生物多様性条約は、地球上の全てのいのちのための条約と言われます。であれば『生命地球条約』と名付け直し、あらためて「いのちの声」を聴こうではありませんか。

  来年、名古屋で開かれるCOP10では、山川里海ひとまとまりの流域の危機と大切さを見つめ直し、自然や生き物たちの目線で、人間の奢りや破滅的な社会のありようを改めるきっかけを見つけたいと思っています。

中日新聞朝刊 平成21年8月10日付掲載

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