エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

またマダニの季節がやってくる

2014年02月27日

 2月に入って講演出張が続くなか、2月20日に山口県・下関市で開催されたペストコントロールフォーラムに招待されて、環境省の外来生物対策についての講演を行った。そして自分の講演以外に、マダニが媒介する「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」(2013年4月の本コラム「マダニについての注意点」で紹介)ウィルスの最新情報に関する発表を聞くことが出来た。

 

野生マダニのSFTSウィルス保有状況は、国立感染症研究所によって全国レベルで調査が続けられているが、これまでに発症患者が確認されている西日本以外にも、和歌山・福井・山梨・静岡県でもマダニのウィルス保有が確認されており、折しも、フォーラム開催中の2月21日のニュースで、京都府や東北地方、関東地方の県でも、ウィルスが検出されたとの報告が報道された。今後も調査は継続される予定だが、現状からみて、SFTSウィルスは全国レベルで分布している可能性が高い。

 ただし、専門家の見解によれば、その分布は一様ではなく、ホットスポットとなる分布中心が散らばった、集中分布をしているらしく、そのホットスポットからの分散が増加傾向にあると考えられている。つまり、SFTSはその分布を広げつつあるのではないかという推測もなされているのである。
 
 SFTSウィルスを媒介するマダニは、これまでフタトゲチマダニが特定されていたが、その後、ヒゲナガチマダニ、オオトゲチマダニ、キチマダニ及びタカサゴキララマダニというマダニ種からもSFTSウィルスが検出されており、日本全国には、これらのいずれかの種は確実に分布しており、やはり感染リスクは、全国どこでも、あると考えなくてはならない。
 
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フタトゲチマダニの腹側のアップ。口のストローが生々しい。
 
 SFTSウィルスの抗体を保有する、すなわちSFTSウィルスに感染した経歴を持つとされる野生動物として、シカやイノシシが確認されており、また、猟犬の多数の個体からもSFTSウィルス抗体が検出されている。さらに困ったことに外来種であるアライグマの野生化個体からもこの抗体は確認されており、ウィルスのリザーバーとして、今後のウィルスの拡大に大きく影響することが懸念される。
 
 以前にも、このコラムでSFTSウィルス媒介マダニに対する注意点を解説したことがあるが、そこでも記した通り、SFTSという病気の治療法が確立するまでは、このウィルスおよびそれを媒介するマダニ類に対しては十分に注意を払うべきだと考えられる。基本的な予防法としては、可能な限りマダニが生息するような場所、すなわち草むら等には近づかないようにする。また、山林等に入るときには防虫剤等を身体に塗布して、ダニを寄せ付けないようにする。そして、山林等での散策や作業をしたあとは、必ずボディーチェックを行い、マダニに刺されていないかを確認することが大切である。
 
 また、猟犬もSFTSウィルスに感染していることから、ペットとして飼われている犬にもマダニが付いて、ウィルス感染が生じる可能性は否定できない。犬を外で散歩させたあとは、マダニがついていないかを確認するとともに、有効な駆除薬剤を利用して、犬の身体にダニが付かないようにしておく。特に一般家庭の庭の中にもダニが侵入してくる可能性があり、庭内に雑草の草むら等、マダニにとっての好適な生息環境を作らないように、常に除草しておくことも大切である。
 
 フォーラムで知り合いになった専門科の先生も「この病気が急速に人間社会に入り込んできた背景が気になるが、それは、医学という観点だけでなく環境科学からの視点も必要になる」と仰っていた。生物多様性保全とダニの生態学を生業としている筆者も、この意見にはまったく同意である。
 近年、シカやイノシシ、クマ等の野生動物が人間の生活エリアに度々進出してきて、農業被害や接触等の事故をもたらしていることが深刻な問題となっている。その背景として、彼らの生息域が開発等によって、撹乱されたり減少したりしていることが挙げられているが、それ以上に、人間社会と野生動物の間の境界線が崩壊していることが指摘されている。
 
 かつて里山という生活様式をとっていたとき、日本人は、今以上に野生生物に近い距離に住んでいた。しかし、そこには人間は野生動物にいつ命を奪われるかも知れない、そして野生生物もいつ人間に殺されるか分からない、という人間と野生生物の間の緊張関係が成立しており、互いに干渉しないという「自然の不文律」があったと考えられる。実際に、シカもイノシシも、かつては日本人にとって重要な食肉源であった。
 現代となって、日本人は食肉を家畜に依存するようになり、これら野生動物を食べることはなくなった。そして野生動物たちも、人間に撃たれるという経験がないNew Born世代となった。その結果、野生動物は数が増えるとともに人間を恐れることもなくなり、餌が豊富な人間社会へと進出する機会が増えた。さらに困ったことに、野生動物との接し方を忘れた人間のなかには餌付けをするものまで出てくる。こうして曖昧になった人間社会と野生動物の境界線を越えて、マダニも野生動物とともに我々の身近なエリアに進出してきた。。のかも知れない。
 
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集中講義でダニの話をした時のレポート課題に学生が
描いて提出してきた「巨大マダニ襲来」の図。上手い!
 
 自然共生という言葉がもてはやされて久しいが、多くのマスコミがイメージするように「可愛い動物と仲良く戯れる」ことが、共生を意味する訳ではない。もともと生物多様性は人間にとって宿敵だったはずである。裸のサルとして、ジャングルを追い出されて草原で生きるために二足歩行を始めた時から我々人類は、極端に運動能力の劣った脆弱な動物となり、ありとあらゆる動物が、昆虫が、微生物が天敵となって襲ってきた。人間は知恵を付け、火を起こし、武器を使うことで野生生物に対抗できるようになり、生物多様性を生活圏から排除することで今の繁栄を手に入れてきた。
 生物多様性は、人間生活になくてはならないものだが、裸のサルとして、人間社会という特殊な生活圏でしか生きられなくなった我々人類は、自らの住む世界と野生生物の世界との間に境界線をひいて、それぞれに住むべき世界を区別して干渉せぬよう生きていかなくてはならない。このゾーニングこそが、自然共生に求められるシステムなのではないだろうか・・・今回のSFTSウィルス騒動は、そんなことを教えてくれている気がする。
 
 
 
 
 

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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