エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

なぜネオニコチノイドが使用されるのか

2013年12月09日

 前回のコラムで、農薬の生態影響評価にかかる現行の法律システムの問題点として、試験法および試験生物の国際基準化について解説した。すなわち、たった3種の水生生物(藻類、ミジンコ、魚類)の毒性試験で農薬の環境安全性が測られること、また、各試験生物には国際機関(OECD)によって、推奨種が定められていることなど、生物多様性や地域固有性がほとんど考慮されていないシステムで農薬の登録が進められているため、法律上は水生生物に対して安全性が高いと評価された農薬でも、実際の野外環境では、重大な影響を及ぼす恐れがあることを我々の実験水田の結果から検証した。

 

その際に、実験に使ったのが「ネオニコチノイド系」と称されるタイプの殺虫剤の代表でもあるイミダクロプリドであった。恐らく、環境に関心のある読者であるならば、この「ネオニコチノイド」というキーワードは聞き覚えがある方も多いと思う。別名クロロニコチニル系殺虫剤と呼ばれるこの系列の殺虫剤はニコチンの化学構造式をもとにデザインされた農薬で、昆虫の神経系に作用して死に至らしめる。
 浸透移行性という、植物の根から吸収されて、植物体内を移行するという性質を持っており、この性質を利用して、作物の根っこの周辺に粒剤という農薬が含有されたつぶつぶの製剤をまいて、植物体に吸わせることによって、その作物の汁を吸ったり、葉っぱを食べたりする害虫を抑制するという使われ方がなされる。特に日本では、水田の箱苗にまいて、ある程度薬剤を吸わせてから田植えするという箱苗施用剤として広く普及してきた。

 このクロロニコチニル系殺虫剤の第一弾が1995年に発売されたイミダクロプリドだったのだが、実は、この殺虫剤を発明したのは日本人だった(正確には外資系企業の日本支社の研究員)。浸透移行性という特性に加えて、様々な害虫種を長く抑制できるというスペックが高く評価され、瞬く間に農薬市場のトップに躍り出た。特に箱苗施用という使用法は従来の薬剤散布という重労働から農家さんを解放し、生産性向上と省力化におおいに貢献した。イミダクロプリドの登場後も様々なクロロニコチニル系殺虫剤が開発された。

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           日本で使用されている主なクロロニコチニル系およびフェニルピラゾール系
           殺虫剤、および各剤のハチ類に対する毒性値(半数致死量)


 クロロニコチニル系殺虫剤は日本のみならず、世界中で広く使用されるようになった。ヨーロッパやアメリカでは主に畑で使用され、東南アジアでは水田で広く使用されている。世界的にヒットした農薬であるが、その後、その地位は、環境科学における悪の代名詞へと転落することとなる。

 イミダクロプリド発売後間もない1994年に、まずヨーロッパ・フランスでミツバチの大量死が報告され、その原因が、イミダクロプリドを使用したヒマワリ畑ではないかと疑われた。2000年代に入ってからドイツでも、クロロニコチニル剤のひとつであるクロチアニジンによってミツバチの大量死が起きたという報告があがった。その他、実験によって極低濃度のクロロニコチニル剤の暴露によってミツバチの寿命やコロニー生産性に悪影響が生じることが欧米で次々に報告された。
 2006年に北米各地において、セイヨウミツバチの養蜂コロニーから、一斉に働き蜂が巣を放棄して姿を消してしまうという怪奇現象が発生し、大きな話題を呼んだ。この異常現象は「蜂群崩壊症候群」(CCD: Colony Collapse Disorderの略)と命名され、伝染病の蔓延や、栄養失調、果ては電磁波など様々な原因が憶測されたが、この異常現象もクロロニコチニル系殺虫剤が原因ではないかとする説が主流となった。
 そして我が国でも、2005年に岩手県で、水稲に発生するカメムシ防除のために散布されたクロチアニジンの暴露によって、養蜂場のセイヨウミツバチが大量死するという事故が報告された。その後、北米のCCDの影響で、セイヨウミツバチの輸入量が激減したために養蜂用のミツバチが不足する事態になった。

 以上、次々と国内外でセイヨウミツバチに対する影響が報告されたことにより「ネオニコチノイド」は、環境科学における悪の代名詞として一般の人たちの間で広く認知されるようになった。その後、クロロニコチニル系以外の化学構造式をもつフィプロニルという浸透移行性殺虫剤も登場したが、やはり生態影響が問題視され、ネオニコチノイド系殺虫剤の一つとして扱われるようになった。(ただし、フィプロニルは構造式の系列も、生理作用のメカニズムもニコチンとは全く異なるので、このくくり方は、化学的には間違いである。)

 本年2013年にEUは、クロロニコチニル系殺虫剤のイミダクロプリド、クロチアニジン、チアメトキサムの3剤、およびフィプロニルの使用規制を発表した。これを受けて、日本の環境省も浸透移行性殺虫剤による生態系影響の実態調査を開始している。
 ヨーロッパでの規制は、「予防原則」によるものとされる。クロロニコチニル系殺虫剤やフィプロニルの特にミツバチに対する影響評価は室内レベル・野外レベルで精力的に進められているが、全ての国の政府がそれらの結果を十分な根拠として認めているわけではなく、一時的に使用規制した上で、科学的根拠を集積し、2年以内に生態リスクを再評価することになっている。

 我が国も、本来ならば予防原則に基づいて、使用規制に踏み切るべきだとする意見も少なくない。しかし、農水省も企業も今のところ、積極的にクロロニコチニル系殺虫剤の使用制限を検討する動きは示していない。政策対応の遅れに批判が集中しているが、日本の場合、十分な証拠がそろって検証できなければ、規制という動きには至らないことが慣例。
 しかし、法的な規制云々以前に問題となるのが、国内における浸透移行性殺虫剤に対する依存度の高さである。これらの剤は、現在、日本全国の水田に広く使用されており、その普及率は2010年でイミダクロプリドが19%、フィプロニルが25%に及ぶ。他の剤の普及率も合わせれば、「ネオニコチノイド」は日本のほとんどの水田で使用されていることになる。

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              イミダクロプリドおよびフィプロニルの各都道府県の普及率及び全国普及率

 これほどまでに、浸透移行性殺虫剤に水田農家が依存している背景には、日本農業が抱える構造的な問題がある。日本は山地が多く、山間部では複雑な地形のなかで農業をしなくてはならず、人手がかかる。しかし、日本の農業人口は減少の一途をたどっており、さらに高齢化が進んでいる。特に、水田農業従事者の平均年齢は70歳を超える。


                                   日本の農業従事者人口および平均年齢の推移

 人手不足・高齢化のなかで、「箱苗施用」を可能とし、薬剤散布の手間を省いてくれる高性能な浸透移行性殺虫剤の登場は、まさに水田生産の救世主だったと言っていい。この構造は、以前にこのコラムでも紹介した外来種セイヨウオオマルハナバチがトマト生産の救世主となっている状況と同じである。生態リスクが高い「ネオニコチノイド」や「外来マルハナバチ」が、今の日本の農業生産を支えているのである。
 安心で安全な食品を望むことは消費者の当然の権利である。また日本の生物多様性を保全し、健全な生態系を維持することも多くの国民の願いであろう。しかし、どれだけの国民が現在の農業の実情を理解し、その生産をサポートしているかと問われれば、答えには疑問符が付くのではないだろうか。

 「農学」という言葉が泥臭い農業をイメージさせ、学生に人気がない、という理由で日本の大学から「農学部」という学部名が消えて行き、かわりに「生物生産科学」とか「生態情報」などの洗練された(?)ネーミングがされているという。農業を志す若者は少なく、現役の農業従事者たちのなかにも、農地を手放す人が後を絶たず、日本農業の未来は決して明るくない。

 食料自給率は今や先進国中最低ランクで、多くの食料を国外からの輸入に依存しているなか、稲作は日本の農業生産の最後の砦と言っていい。その米ですら、今後、TPP交渉の進み方次第で、輸入が自由化されるかもしれない。健全な農業生産と食料自給を維持するためには、まず、日本人自身が自国の農業を大切にして、農業生産を支援する必要がある。自らの手を泥で汚さず、生産現場から遠く離れた、便利な都会で暮らし、食料生産を他人任せ・外国任せにしながら、安心・安全だけを求めるのは少々、ムシがいい話で、であるならば、毒喰わば皿までだろうと、スーパーで大量に販売されている外国産野菜を見るたびに思ってしまう。

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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