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【いろんないきものの話 五箇公一】

実験水田で農薬の影響をみる

2013年09月12日

 以前にも紹介したが、筆者は現在の研究所に勤務するまでは、7年近く、民間会社で殺虫剤の研究開発に従事していた。いわば、今とは全くの逆の立場で、農薬の販売推進に関わっていたことになる。今もそのときに培った農薬科学の知識と経験を生かして、農薬の生態リスク、つまり農薬が野生生物に及ぼす影響について研究をしている。農薬の研究開発をしていた当時は、農薬は日本農業には必須のアイテムであり、農薬無しで収量を確保することは困難であると信じて業務に携わっていた。今でも、本質的にはその基本姿勢は変わらない。農業に農薬が絶対必要と言っているのではなく、現在のように、地方の高齢者に生産の大部分を任せている産業構造では、農薬無しで生産を維持することは難しいであろう、と考えている。

 さて、筆者が企業時代に開発の一部を担当していた薬剤が殺ダニ剤だった。農作物の葉や果実に寄生してその汁を吸うダニの仲間、ハダニ類を防除するための薬であった。筆者自身の専門がダニ学だったこともあり、この剤を世に販売できる日を心待ちにしていた。が、この薬に対して、野外のハダニ類が既に高い抵抗性を発達させていることを自ら発見し、愕然とした。この剤は大変良く効く分、他の動物に対する毒性も高く、安全性評価に時間をとられてしまい、その間に、他社の「類似薬剤」が先行して販売され、使用回数を重ねられているうちに、野外のハダニが抵抗性を獲得してしまったのであった。こうして、当社の薬は日の目を見ぬまま、市場から消え去ることとなった。。。

 

このエピソードが物語ることは、現代の農薬開発において、一番のボトルネックとなるのは、安全性評価である、ということである(と、個人の経験から思った)。つまり、少々殺虫効果が低くても、人畜に対する影響が低いことの方が重要、ということである。農薬というと、多くの方が毒性の高い物質ばかりと思われがちだが、現在開発されている農薬の多くが人間に対しては食塩並みの毒性の低さを示す普通物と言われる物質である。国民の生活が安定してきて、食の安全性に対する意識が高まる中、それだけ農薬の安全性に対する要求度も高くなっている。

 さらに近年では、いっそう農薬の開発を難しくする安全性評価が、農薬管理の法律(農薬取締法)に項目として加わった。それは、野生の生物に対する影響評価も農薬登録に求められる、という項目である。具体的には、最終的に農薬が環境中に辿り着く水界の生物相に対する影響を予測するという目的で、水生の植物の代表として藻類(植物プランクトン)、それを食べる甲殻類の代表としてミジンコ、そしてさらにそれを補食する魚類の代表としてメダカ等の魚類、以上3種の生物で毒性試験を行い、農薬の水界生物相への危険度を評価するというシステムが取られる。この3種の水生生物のセットは生態系の食う食われる関係を再現しており、これら3種の生物への影響評価で生態系への影響が推し量れる・・というのが農薬取締法における生態リスク評価の趣旨である。試験は全てビーカー内で行われ、様々な濃度の農薬が含まれた水で、各生物種が飼育され、成長速度の変化や死亡率の変化を調べ、その薬剤の毒性の程度が判定される。

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                                                    ミジンコの毒性試験方法

 3種の生物の影響を受ける濃度が高ければ高いほど、その農薬は安全性が高いと判断される。ただし、影響濃度が高くて、安全性が高いとされる農薬でも使用量が多くて、環境中の濃度が高ければ、3種の生物も影響を受ける確率が高くなると判断され、危険性が高い農薬と判断される。一方、影響濃度が低くて、毒性が強いとされる農薬でも、環境中に排出される濃度がずっと低ければ、自然界で生物に悪影響を及ぼす可能性は低いと判断される。このように農薬が環境中でどれだけの濃度で生物に接するか、という評価ポイントを「暴露影響」という。つまり農薬は野外で使用されるものなので、毒性評価だけでなく、暴露影響も評価して、総合的に安全性が判断される。原則として、環境中の濃度をコンピュータシミュレーションで予測し、この環境中予測濃度が、3種の生物に毒性を示す濃度より低ければ、その農薬は安全性が高いと判断され使用許可がおりる。

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               農薬の生態影響評価方法
               LC50やEC50は各種の集団の50%が死亡する、もしくは影響を受ける濃度

 この農薬管理システムは、世界共通のものとなりつつある。OECD(経済協力開発機構)という自由貿易促進のための国際機構が、このシステムの統一を目指している。農薬管理システムが様々な国の間で同じとなれば、安全性評価のデータをそのまま国内の法律に適用できて、農薬の輸出入がスムースになるという訳だ。OECDに加盟している日本も、この世界共通の農薬安全性評価システムを2004年より導入して、上記のような農薬登録制度を法制化している。

 たった3種とはいえ、野生生物に対する影響評価を実施するようになったのだから、農薬管理も生物多様性保全に、一歩近づいた、と評価すべきかもしれないが、果たして、現行の農薬の生態影響評価システムは本当に野外の真の生態系を保全出来るのであろうか?自然環境中では生物は多様であり、生態系は複雑である。このようなシンプルなシステムが本当の生態系に反映されるのか?

 生物多様性を研究する生態学者として、この疑問に応えるべく、水田のメソコズム試験を実施してみることにした。水田メソコズムとは、実験的に規格を統一した水田を複数作り、そこで農薬を使用した水田、使用しない水田という区分けをして、水田中における生物相の変化を調査する、という試験である。研究所の敷地内に幅2メートル、長さ6メートルのミニ水田を6面作り、水田用殺虫剤の影響評価を試みた。

 試験に使用した薬剤は、イミダクロプリドという、近年、環境科学の世界では話題になっている「ネオニコチノイド・タイプ」殺虫剤のひとつである。この薬は浸透移行性という性質をもっており、薬が作物の根から吸収されて、植物体内を移行して蓄積することにより、その植物の汁を吸った害虫が死亡するという形で効果を発揮する。

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                                         浸透移行性のメカニズム

 この性質を利用して、田植えする前の稲の箱苗に、この薬の粒剤をぱらぱらっと撒いておけば、稲の苗がこの薬を吸収して、その苗を植えれば、植物体内に薬剤が浸透しているので、もう殺虫剤を撒く必要がない。この箱苗施用という画期的な使用方法によって、農家の農薬処理の手間が大幅に省かれ、さらに害虫に対して高い効果を示すので、イミダクロプリドは水田用殺虫剤として大ヒットした。

 もちろん、この殺虫剤も先に説明した生態影響評価の試験を実施されている。その結果、ビーカー内における魚類やミジンコに対する毒性は、それぞれ死亡率50の濃度が、80ppmを超えていた(殺虫剤なので藻類には全く毒性はない)。この毒性値は、殺虫剤としては異例な値と言える。通常の殺虫剤だと、魚類やミジンコに対して、数ppmかあるいはそれよりずっと低い濃度で50%以上の死亡率を示す。環境中の予測濃度も0.005ppmとずっと低く、本剤は水生生物に対して、大変安全な農薬というお墨付きが付いている。

 ところが、実際に水田メソコズムで本剤を使用すると、水田の水中における最高濃度が田植直後で0.2ppm、それ以降は分解も進んで平均0.00075ppmという超低濃度だったにも関わらず、水田の水生生物は無農薬の水田と比べてその多様性が一変した。ミジンコ等の動物プランクトンや、ユスリカの幼虫は壊滅状態となり、水生昆虫も激減した。生物相の変化は水田の水質まで変化させた。

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                                              水田メソコズム(実験水田)

 あれだけ、法律の毒性試験で高い安全性が保障されたはずの殺虫剤で、なぜこんな劇的な影響が実際の水田で現れたのか?特にプランクトンについては、毒性試験では、80ppm以上の濃度がなければミジンコは50%以上生き残るというデータが得られていた。なぜ、たった0.2ppm以下の濃度しかなかった水田中でプランクトンは壊滅的被害を受けたのか?それはビーカー試験に使用されているミジンコと、実際の水田で発生しているミジンコでは種が異なっていたからである。

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                          水田中のミジンコ類の個体数推移
                          赤のグラフがイミダクロプリド処理水田、緑が無農薬水田

 OECDでは、各国が農薬の毒性試験を行うにあたっては、世界共通の試験生物種を使用することを強く推奨している。ミジンコについては「オオミジンコ」というアメリカ原産の種を使用することを各国に薦めている。アメリカのミジンコには毒性がなくても、他の地域のミジンコには悪影響が及ぶかも知れない。実際に今回のメソコズム水田で発生したミジンコと同種のミジンコでビーカー試験を実施した結果、わずか0.1ppm以下の濃度で、全個体が死亡することが判明した。つまり「日本のミジンコ」はアメリカのミジンコより、ずっとこの殺虫剤に弱いことが示された。

 ミジンコにも様々な種が存在し、遺伝子にも多様性がある。地域によって生息している種が異なる。当然、農薬に対する感受性にも変異がある。世界共通のオオミジンコで試験をしても、各国、各地域のミジンコは守れないのである。OECDが目指す生態影響評価の試験方法統一は、生物多様性の保全を目標としたものではなく、あくまでもグローバリゼーションの潮流にのって、農薬の流通も可能な限りスムースにしようという、経済優先の策なのである。

 現在、我々は、農薬の安全性評価のオプションとして、このメソコズム試験を利用できないかと考え、環境省と共同で試験方法を検討している。ミニ生態系を再現して、そこに農薬を投下することで、真の生態系影響に少しでも近い影響の評価を捉えられないかと試行錯誤を繰り返している。もちろんミニチュア水田では、本当の水田生態系を完璧に再現することは不可能である。水田は川や山など周辺環境とも繋がって、複雑な生態系の一部として機能している。単なる農作物の生産の場としてだけでなく、様々な生物の生活の場として機能し、日本の生物多様性の重要な要素でもある。

 メソコズムは生態系の完璧な復元は出来ないが、生態系というシステムの中では、農薬は予想もしない影響を示し、生物相も反応することを示してくれる。この「影響」や「反応」のデータを積み重ねることで、真の生態系影響の評価に近づいて行けると信じて、今年も試験を繰り返している。

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                                   国立環境研究所の水田メソコズム試験全景

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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