エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

世界自然遺産の島に侵入したトカゲ

2013年07月19日

 6月の終わりに5回目の小笠原航海に出掛けた。片道25時間も船に揺られて行かなければ辿り着けない、世界で一番遠い島。そんな、行き難さが魅力でもあり、行き着いただけでも満足を感じさせてくれる太平洋の孤島。毎回、船に乗った時からテンションが上がるのだが、今回だけは、あまり浮き足立って喜んで行ける状況ではなかった。

 この春に、兄島という、小笠原諸島の無人島の一つに、グリーンアノールという外来のトカゲが侵入していることが東京都による外来植物駆除作業中に確認された。これは生態学的には大変な事件であった。
 グリーンアノールは、北米原産のトカゲで、名前の通り、緑のきれいな体色と、愛らしい目をした種類なので、古くからペットとして愛用されてきた。小笠原諸島の父島には1960年代に持ち込まれて、逃げ出した個体が定着を果たし、同じく小笠原の母島にも1980年代に持ち込まれて、島内に広がった。

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                        父島のグリーンアノール

 

南の島の雰囲気にピッタリの風貌をもつトカゲなので、多くの観光客のなかには、在来のトカゲと勘違いする人もいるかも知れないが、その可愛らしい姿とは裏腹に、このトカゲは父島および母島で、オガサワラシジミという蝶や、ヒメカタゾウムシという甲虫など、島の固有種を食べ続け、それら昆虫類の存続を危うくするほどの侵略的外来生物なのである。その生態系インパクトの大きさから、環境省の外来生物法で特定外来生物に指定されており、現在は、飼育や移送は一切禁止、野生化した個体群の駆除が環境省を主体として進められている。

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                     兄島調査隊の出発前の点呼風景

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  兄島上陸用のシューズは全てきれいに土を洗い流して、酢酸をかけて消毒したもの
を用いる。
  カタツムリの天敵外来生物プラナリアや、外来雑草の種の侵入を防ぐためである。


 筆者の研究室も、本種の防除手法開発に関する研究プロジェクトを推進しており、薬剤利用も視野に入れた、個体群根絶のための新しい方法を模索していた。少なくとも、父島や母島から、周辺の属島にこのトカゲが侵入することだけは阻止しなくてはならず、調査や観光で属島に近づく船や荷物に、このトカゲが紛れることのないよう、検疫体制と駆除技術を確立する必要があると検討していたところであった。

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                    父島の浜から漁船に乗って兄島に渡る。湾の向こう岸に兄島が見える。
                    父島からわずか1kmほどしか離れていない。


 その矢先での、兄島への侵入確認の報告であった。関係者が受けた衝撃とその直後の落胆は、実に大きかった。無人島にこのトカゲが蔓延すれば、たちまちこの島の固有の生態系が破壊されてしまう!緊急対策として、その分布域の調査が進められたのだが、このトカゲは、思った以上に広く兄島に分布していた。兄島の南部、海よりの斜面を中心におよそ30ヘクタールもの面積で本種の生息が確認された。

 環境省、東京都、NPOなどが一丸となって、現在、グリーンアノールが超えられない柵で分布域を囲み、その内側に、大量の粘着トラップを仕掛けて、個体群密度の減少を図っている。しかし、無人島という環境が、防除作業の大きな足かせとなっている。人が住んでいないため、十分な林道もなく、足場の悪い自然林の茂みの中をかき分けて、トラップを仕掛けていく作業が続く。作業員そのものの安全性の確保も課題となる。今回、筆者も調査に同行したが、それこそ匍匐(ほふく)前進しなければ、入れないような茂みもあり、半日がかりのトラップ設置作業は、普通の人間には大変な重労働であった。

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                               アノール分布域を取り囲むように張り巡らされた防除柵


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                          アノール生息域の林内に、粘着トラップが仕掛けられている。


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                               粘着トラップの設置風景。ヘルメット姿が物々しいが、
                              
滑落や落石の恐れがあるため、これが必須のスタイル

 また、トラップだけで根絶することは到底不可能であり、個体群が増加することを抑制し、分布が広がるのを阻止しながら、新しい防除技術の開発を急ぐ必要がある。アルゼンチンアリのように、薬剤入りの餌でおびき寄せて、巣ごと退治する、という手法がとれればいいのだが、このトカゲは臭いにはほとんど反応せず、動く虫などに対して視覚で反応して補食しているため、有効な誘引方法を確立するのが大変難しい。
 乱暴な方法ではあるが、このトカゲにだけ効く薬剤が見つかれば、それを空中散布して、根絶を図るという戦略も立てられる。しかし、残念ながら、現時点で、爬虫類に対して効力を示す薬剤は、昆虫類などにも悪影響を及ぼすものしか報告されておらず、島の固有の生態系に対して安易に使用することはできない。外来のトカゲを駆除するなんて事業は、世界的に見てもほとんど前例がなく、手法開発は困難を極めるが、初事例として、研究を進めるのみである。

 外来生物は、一度侵入して定着すれば、その根絶はとても難しい。今回もその真理を嫌というほど味わわされる結果となった。島の生態系は、広域の内地の生態系と比べて、構成種が少なく、脆弱なため、たった1種でも外来生物が侵入すれば簡単に崩壊してしまう。その意味では、人と荷物の搬入には、極めて神経を配る必要があるのだが、小笠原は世界自然遺産に指定されてから、観光客の数が急増しており、外来生物侵入のリスクは、高まる一方である。

 父島のメインストリートに街路樹として植えられているホウオウボクが、丁度、真っ赤な美しい花を満開にさせていた。熱帯の風景を演出してくれるこの赤い花に、多くの観光客が足を止めて、カメラを向けていた。実際にはこの木はマダガスカル原産であり、小笠原にはもともと生えていなかった植物である。本当の小笠原の原風景は、意外なほど質素で、静かなものである。しかし、そんな風景では、多くの観光客は、満足はしないだろう。もちろん、その原風景を構成する固有種の進化の歴史や、貴重さをきちんと科学的に伝えれば、多くの人がその価値を理解してくれることだって期待できる。しかし、今の観光ブームにそうした趣旨がきちんと含まれているのか、定かではない。

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               作業の合間の昼食時に、手にとまったヒメカタゾウムシと戯れる。小笠原固有の
               昆虫で、島ごとに種分化している貴重な進化の産物。こうした固有種の歴史性
               こそが、この諸島の世界遺産しての根拠となっているのだが、見た目が地味な
               こ の昆虫に、そんなに価値があることを多くの人は知らない。


 世界遺産に指定されたがために、その貴重な自然環境が破壊されるリスクに直面するという現象は、つい先日、世界文化遺産に指定された富士山でも予測され、危惧されている。小笠原と同じく自然遺産に指定された北海道の知床半島も、立派な林道が整備されたことで、外来植物と外来昆虫セイヨウオオマルハナバチの侵入が加速している状況がみてとれる。
 世界遺産に指定された地域の経済活性化と環境保全の両立は、今後も大きな課題として残るであろう。調査の終わりに、小笠原の青い海を堪能して、その美しさに感動するとともに、それを楽しんでいる自分も同じ穴の狢の外来生物の一人なのだと、つぶやいてしまった・・

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       兄島近くの「海中公園」の海中風景。シュノーケリングのメッカ。(写真提供:山口知子)


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   父島沖に停泊する豪華客船の夜景。小笠原へはこれまで東京から出発する小笠原丸がメイン
   の移送船だったが、世界遺産に指定されてからこうした客船が航行する件数が増えている。

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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