エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

外国からやってきたマルハナバチ

2013年05月07日

 つつじが咲きほころぶこの季節、体中が毛むくじゃらの可愛らしいハチが、花に訪れて、一生懸命花粉を集めている姿をよく見かけることが出来る。毛の色と模様のパタンも様々で、全身真っ黒でお尻が茶色いものや、トラ柄のもの、鮮やかな朱色のもの・・などなど、多様な衣装を身にまとったこのハチたちはマルハナバチと呼ばれるハナバチの仲間である。
 特に4月から5月にかけて飛び回っているのはマルハナバチの女王である。冬の間、地面の下で寝ていた女王蜂が春になって一斉に地表に飛び立ち、餌を集めながら、新しい巣作りのための場所を探す。マルハナバチは主に動物の古い巣穴等を利用して、地中に巣を作る。最初は女王1匹で巣作りをして、働き蜂を育てる。働き蜂が増えてきたら、女王は巣穴に籠り、ひたすら産卵して、働き蜂が外に出て花粉や蜜を集めてきて、子供達(卵や幼虫)の世話をする。そして、秋が近づくと、新しい女王バチとオスバチが生まれ、巣立って行く。残った巣は崩壊し、子供の生産と子育てに全力を注いだ古い女王バチと働きバチは死んでしまう。巣立った新女王とオスバチは交尾をして、交尾が終わったオスは死んでしまい、女王は春からの活動を控えて地面に潜って冬を越す。

 

マルハナバチの仲間は世界中の冷温帯に生息し、日本では北海道から九州まで広く分布する。特に北海道では、短い夏に一斉に咲き乱れる花を目指してたくさんのマルハナバチが飛び回っているのを見ることが出来る。そんな中で、黄色と黒のストライプの毛皮を身にまとい、お尻が真っ白な、ひと際鮮やかな色彩のマルハナバチを見ることがある。実はこれはヨーロッパから日本に持ち込まれたセイヨウオオマルハナバチという外来種である。なぜ外来種のマルハナバチが北海道の平原に住んでいるのか?もちろん、持ち込んだのは人間であり、我々日本人自身である。

maruhanabachi1.jpgのサムネール画像

       セイヨウオオマルハナバチ(写真提供:東京農工大・井上真紀博士)

 セイヨウオオマルハナバチはヨーロッパ原産で、1980年代から、主にハウス生産トマトの花粉媒介昆虫として利用されている。オランダやベルギーにある、天敵農薬などの農業用生物資材を製造する会社が、人工増殖したセイヨウオオマルハナバチの巣を販売している。巣の入った段ボール箱を、トマトが栽培されているビニルハウスやガラス室の中において、箱についているハチの出入り口を開けてやれば、働きバチがハウス内に飛び回り、トマトの花から花へと花粉を運んでくれる。花粉がめしべにつくことで、トマトの実ができるようになる。

 セイヨウオオマルハナバチが実用化される前は、トマト生産現場においては農家さんたちが、一つ一つの花に植物成長ホルモン剤を噴霧して、花が受粉したと勘違いさせることで実を作るという方法がとられていた。この方法だと、とにかく手間がかかり、さらにトマトも種無しの酸っぱい実になってしまう。セイヨウオオマルハナバチを使うと、このホルモン剤散布の手間が省けるとともに、実がしっかりつまった甘い果実を作ることが出来る。また、生きたハチをハウス内に飛翔させるため、必然的に農薬の使用回数を減らすこととなり、減農薬・省農薬の生産物として、トマトの商品価値の向上にもつながる。まさにトマト生産の救世主と言っていい存在なのである。

 日本でも、1992年よりセイヨウオオマルハナバチの商品コロニーの導入が開始された。その後、このハチの利用は急速に広がり、輸入当初は年間の流通量が4,000コロニー程度だったが、年々その数は増えて、2007年には年間流通量は60,000コロニーを超えた。今や、トマト生産には欠かせないアイテムとして農業現場に受け入れられている。

 しかし、本種は導入時より、外来種としてのリスクが議論されていた。大陸で進化したセイヨウオオマルハナバチが日本列島で野生化した場合、日本の生態系に重大な影響を及ぼすのではないかと懸念された。特に、日本にも在来のマルハナバチ種が生息しており、セイヨウオオマルハナバチは、それら在来種を駆逐する恐れが高いと考えられた。
 その懸念は、現実のものとなった。北海道でハウスから逃げ出したセイヨウオオマルハナバチが定着を果たしていることが生態学者らの調査によって明らかとなった。つまり、野外で巣を作り、繁殖していることが分かった。そしてその分布は年々拡大しており、さらに分布域では、在来のマルハナバチが減少していることも判明したのである。

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    セイヨウオオマルハナバチの増加によって数が減っている在来種
    エゾオオ
マルハナバチ(写真提供:東京農工大・井上真紀博士)

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  在来種エゾトラマルハナバチもセイヨウオオマルハナバチによって
  減少しているとされる(写真提供:東京農工大・井上真紀博士)


 2005年に環境省の外来生物法が施行され、規制対象種である「特定外来生物」(注1)にセイヨウオオマルハナバチも指定が検討された。セイヨウオオマルハナバチのオスが、在来マルハナバチの女王と交尾して、その生殖能力を奪うなどの重大な生態影響が科学的に証明されたのである。特定外来生物に指定されれば、セイヨウオオマルハナバチを輸入することも使用することも出来なくなる。

 当然、この指定には、反対意見も出た。何より、このハチは、トマト生産という第一次産業の発展のために輸入された。安価な生鮮野菜が大量に輸入される時代となって、日本の農業生産の効率化と高品質化は、まさに日本の重要な食料戦略と言っていい。セイヨウオオマルハナバチは、今や、トマト生産にとっては「救世主的」存在なのである。環境保全と農業生産という二律背反の狭間にこの外来マルハナバチは立たされた。

 この状況で一番戸惑いを感じたのは、セイヨウオオマルハナバチを使用してトマトを生産していた農家の方々であったろう。ハチが花粉を運んでくれて実が出来る、いわゆる自然授粉で生産されたおいしいトマト。ハチが元気に飛び回れるようにハウス内での農薬の使用も抑えた、安全なトマト。全ては、トマト生産が盛り上がるであろう、消費者が喜んでくれるであろう、という思いから、農家の皆さんはハウスを整備して、マルハナバチを導入した。それが、まさか「外来種問題」に繋がるなんてことは、想像もつかなかったに違いない。生態学関係者や政府関係者が思うほど、生物多様性という概念も、外来種という存在も、世の中には浸透していないのだから、この状況を、使用者(農家)の認識不足と言ってしまうのは、むしろ学者と政府の怠慢である。

 赤信号では横断歩道を渡ってはいけません、というのは幼稚園児でも分かる「常識」である。ゆえに、道路交通法という規制法は多くの国民が常識として受け入れられる。しかし、「外来種を逃がしてはいけません」ということは、まだまだ理解している人は少ない。そんな状況の中で、法律だけが世の中のコンセンサスに先行する形でできあがってしまった。それで農家の皆さんが、外来種を利用しているということで、一方的に「悪者」にされたのでは、あまりに不条理である。

 セイヨウオオマルハナバチを特定外来生物に指定するにあたっては、当然、農水省から反対意見が出た。国会でも「セイヨウオオマルハナバチ」という名前が飛び交った。環境省VS農水省という対立構図が鮮明となり、マスコミも学会も、この「対決」に湧いた。農家の皆さんの困窮と不安だけが増大した。

 この状況を打開すべく、国立環境研究所が中心となって、環境省、農水省、生態学者、マルハナバチ販売業者が一堂に会するラウンドテーブルが設置され、マルハナバチの外来種問題に対する打開策が検討された。その結果、セイヨウオオマルハナバチは特定外来生物に指定する。ただし、「セイヨウオオマルハナバチが逃げ出さないようにネット(網)を展張したハウスの中で使用する」という条件付きで、農業利用することを環境省大臣が許可する、というシステムをつくって、利用継続できるようにする。という方針が決定された。これにより特定外来生物指定という環境保全の命題と、農業利用という第一次産業保護の命題の両立が成し遂げられたのである。現在、このハチを飼養しているハウス全てには、規定の網が全面に張られている。

 こうして、セイヨウオオマルハナバチの外来種問題は、一旦は決着をみた。しかし、既に野生化した個体群は今でも繁殖を続けており、生態影響が除去された訳ではない。我々、生態学者の次の課題は、野生化したセイヨウオオマルハナバチの駆除手法の開発である。本来ならばポリネーターとして保護されるべき昆虫の防除活動など、他の国でも例を見ない。国立環境研究所でも外来種防除の研究プロジェクトを立ち上げ、セイヨウオオマルハナバチについても試行錯誤を繰り返している・・

 セイヨウオオマルハナバチのように意図的に導入された外来生物は、過去にもたくさんいた。北米原産のオオクチバスは食用目的で、アジア原産のマングースは沖縄・奄美のハブ退治目的で、北米原産のアライグマは、ペット目的で輸入された。いずれも「人間の役に立つ」という名目で導入された生物であるが、今や一級の有害外来生物として特定外来生物に指定されている。駆除対象となった彼らに非がある訳ではなく、導入してしまった人間に非がある。が、相手が生物だと人間もその「非」を実感できないのか、未だに新たな外国産の動植物が観賞用として大量に導入され続けている。

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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