エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

マダニについての注意点

2013年04月10日

●マダニが媒介する病気SFTSの発見
 最近、マダニという人の血を吸うダニが媒介する感染症で死亡した人が国内で確認されたということで、かなり大きなニュースになった。問題となった感染症は「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」と言われる病気で、ウィルス感染によって発症する。この病気が最初に発見されたのは中国で、2009年3月から7月にかけて、中国中央部で原因不明の発熱症が集団発生したことから調査が進められ、2011年に病原体ウィルスが特定された。
 この病気の症状は、主に発熱と消化器症状で、重症化した場合は死に至る。中国での死亡率は13%と言われている。

 madani1.jpg

                                              葉の上で獲物を待つマダニ

 SFTSが発生している地域から、ウィルスを保有するマダニが検出されたことから、この病気は、野外でマダニに咬まれることによって感染するものと推定された(その他にも、感染患者の血液・体液との接触感染も報告されている)。中国で発生したときに、既に世界的ニュースになっており、筆者もダニ学者として、注目していた。
 そして今年2013年1月に、厚生労働省より、日本国内でもSFTSによる感染事例が発生していることが報告され、日本中が騒然となった。その後も発症例が報告され、これまでに8名の患者が確認され、うち5名が死亡している(2013年3月22日時点)。
 ダニに咬まれて人が死ぬなんて想像もしなかった、と、多くの人がこのニュース報道に驚き、ダニに対する関心が高まった。筆者自身にもマスコミからの取材が殺到し、1月から2月にかけて、いわゆる「マダニ・パニック」状態が続いた。
 そもそも、この病気を怖がる前に、マダニとはどんな生き物なのか、SFTSがどんな病気なのか、どうすれば感染を防げるのか、正しく理解しておく必要があるのだが、多くの報道は、必ずしも正確な情報を提供しているとは言い難い。ここでは、少しマダニ媒介感染症の対策について検討してみたいと思う。

●マダニとはどんなダニか?

 まずマダニとは、ダニ類のなかのひとつのグループで、日本国内には40種以上が確認されている。餌はタヌキやシカ、イノシシ、クマなどの野生動物の血液で、本来は自然環境中の森林や草むらに生息している。脱皮して成長する前と、産卵する前に動物の血液を吸って栄養源にする。成虫の大きさはだいたい3〜4ミリメートル程度。ダニの中では比較的大型で、目で見て分かる。これが血を吸うと最大で1.5センチメートルぐらいまで膨れ上がる。ここまで体が膨張する動物も珍しい。

madani2.jpg

                           吸血前のマダニ(小さい方)と吸血後のマダニ(でかい方)

 動物に寄生する時は、動物の吐息によるCO2濃度の変化や振動などを頼りに宿主動物が近づいてくることを察知して、草や木の先端に集まり、その動物が接近したところで飛び移る。そして皮膚上を徘徊した後、適当なところでブスッと「口下片」というストローを動物の皮膚に差し込んで吸血を開始する。

 寿命は3〜5年。1回の吸血がだいたい10日間ほどなので、彼らはこの長い寿命の間、トータルでたった30日間の吸血だけで乗り切る。いわゆる絶食耐性に優れた生物でもある。
 今回、問題となったSFTSウィルスは、これまでにマダニの1種であるフタトゲチマダニおよびオウシマダニ体内から検出されており、これらのマダニが媒介者ではないかと考えられている。特にフタトゲチマダニは北海道から九州に至るまでの全国に分布しており、緑が豊かな近郊都市でも生息している。
 従って、もし日本のフタトゲチマダニもこのウィルスを保有しているとすれば、感染のリスクは全国レベルで考える必要がある。ただし、現時点で、日本国内のマダニからSFTSウィルスは分離されていない。だから、日本でのSFTS発症例については、原因がマダニに咬まれたことなのかどうなのかは、実は不明なのである。

●    今後の対策として必要なこと
 しかしながら、中国での発症例と照らし合わせると、日本国内の症例についてもマダニに咬まれたことによる感染であることを疑うべきである。今後、厚生労働省を中心として、日本国内のマダニの保菌率などが詳しく調査されると思われる。ウィルス感染ルートの実態が明らかになるまでは、極力、マダニに咬まれないようにすることが肝心である。
 マダニは先にも書いた通り、自然宿主である野生の動物が棲息する自然環境中にもっとも多く分布するが、人間が住むエリアでも生息することはできる。特に緑地が多いところであれば街中でも生息しているケースがある。筆者が住むつくば市でも、犬などに大量のマダニが感染している現場を見かけることがある。だから、マダニは、特別珍しい生き物ではないことを、まず知っておく必要がある。
 マダニは、他の昆虫と同じで、主に夏に活動が活発となり、この時期に咬まれる機会も増える。夏に山林や草むらに近づく際には、予め、肌の露出部や、襟、袖、裾など、ダニが入り込みそうな部位に、防虫スプレーをかけておく。防虫剤はマダニには殺傷力はないが、忌避効果があり、ダニが近づきにくくなる。
 また、そうした自然の中で活動した後は、家に帰った際に、お風呂場などで全身をくまなくチェックしてマダニがついていないかを確認すると良い。なお、マダニは蚊と違って、咬まれる瞬間や血を吸われている間、ほとんど痛みもかゆみも感じない。だからしっかり目で確認することが大事である。
 もし、咬まれているのが分かった場合、無理に自分で皮膚からマダニを外そうとしないほうがいい。マダニの口のストローには鋭い返しがついており、簡単には抜けない。無理に引っ張ると、ダニの体だけがとれて、皮膚に口が刺さったままとなり炎症などの原因となる。
 また、マダニを取ろうとしてその体を潰してしまうと、マダニ体内の血液とともにウィルスが人間の体内に逆流して感染リスクを高める可能性がある。 
 咬まれた場合は、マダニがついたままの状態で、皮膚科のお医者さんにみてもらい、適切な除去処置を受けるようにする。
 マダニは本来、緑地に生息するダニなので、家の中で繁殖することはない。ただし、犬などのペットを飼っていて、家の中に連れて入る場合は、犬が外で寄生されたマダニをいっしょに家屋内に持ち込むケースは想定される。予防策としては犬の体にダニがついていないかよく確認すること、ペット専用のダニ駆除剤を獣医に処方してもらっておくことが有効である。
 また、比較的山林が近い住宅地であれば、庭に茂る草むらの中にもマダニが生息する可能性はある。予防策としては住宅の周辺および庭の中の雑草類を除去しておくことが有効と考えられる。

 madani3.jpg

     ニュージーランドで購入した「マダニ・フィギュア」。大きさ3センチメートルほどのおもちゃ。悪い
  やつ
だけど、やはり野生生物の一員としてこの国では扱わ れているのだろうか・・?それにし
  ても、これを喜んで買って帰るお客が多いとは思えない。因に筆者は、このフィギュアの裏側に
  ピンを張り付け、ピンバッジ として愛用している。


●    正しく怖がる

 ダニに咬まれて人が死ぬ。多くの人が想像したこともない事態かも知れないが、マダニを含めて人の血を吸うダニは、もともと日本国内には古くから生息しており、さらに、今回のSFTS以外にも、こうしたダニが媒介する危険な病気は存在していた。たとえば、ツツガムシというケダニの1種が媒介するツツガムシ病は、古くから不治の病として恐れられており、現在も様々な地方で発症が報告されている。(ちなみに「つつがなくお過ごしでしょうか?」という相手の健康を気遣う挨拶言葉の「つつがなく」の語源はツツガムシである。)
 また、マダニが媒介する怖い病気に日本紅斑熱という別のウィルス病があるが、これもずっと以前より国内では感染・発症・死亡事例が確認されている。
 つまり、マダニというダニのリスクは、SFTSが発見される以前から存在していたのに、マダニに咬まれるケースも少なく、症例もそれほど多くはなかったので、関心を払われて来なかっただけのことである。


 もともと自然環境中には様々なリスクが存在する。マダニに咬まれて死亡するリスクより、スズメバチに刺されて死亡する確率の方がよほど高いとも言える。エキノコックス病やレプトスピラ病など、沢の水などを介して人間に感染する危険な野生生物感染症もたくさんある。そのほか、土砂崩れ、吹雪、洪水、高波などなど、自然環境には生命に関わるリスクがいつでも存在している。自然との付き合いが深かった古い時代には、自然のリスクを恐れ、注意も払って生活していたことであろう。自然環境から離れて生活する住環境が広がったことで、そうした自然環境のリスクというものに対する感覚を多くの日本人が失ってしまったのかも知れない。
 なお、SFTSについても過度に怖がる必要はなく普通に生活していれば問題ない、という見解が専門家からもよく示されているが、だからといって油断していいという訳ではない。前述のようにリスクの高い環境に近づく場合は、正しい知識を持って、未然の防止を図るべきである。
 これからアウトドアを楽しむ方も増える季節となるが、ファッション性を優先してやたらと肌を露出した最近流行の格好で山林に飛び込むようなことは、ダニのリスク以前に登山の常識として、やめておいたほうがいいとは思う。

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

エコらむカテゴリー

2016 愛知環境賞

第75回 中日農業賞

地球のいのち、つないでいこう

中日スポーツ 東京中日スポーツ 中日新聞フォトサービス 東京中日スポーツ 記事全文へ バックナンバー一覧 記事全文へ 一覧 一覧 一覧 一覧 一覧 一覧