エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

マングース防除事業が事業仕分けの対象に!?

2012年07月19日

 以前に、このコラムで、外来哺乳類マングースの沖縄・奄美への導入のいきさつについて書いた。西アジアから東南アジアにかけて分布する雑食性のこの哺乳類は、南西諸島に生息するハブ退治の目的で、沖縄島と奄美大島に持ち込まれた。それぞれの島でマングースは、わずか20頭ほどの導入個体から、みるみるうちに増えて、10,000匹以上にまで増えた。定着は成功した。でもハブ退治にはほとんど役に立たなかった。昼間にしか活動しないマングースと夜行性のハブが自然界で出会う確率は、もともと低かったのだ。そして、マングースはハブの代わりに、もっと捕まえやすいヤンバルクイナやアマミノクロウサギ、両生類や昆虫等、島の固有で希少な種の数々を食べ続けた。

mangu-su.jpgのサムネール画像マングースの実物写真(環境省那覇自然環境事務所・阿部慎太郎氏提供)

 2005年にマングースは、環境省の外来生物法の特定外来生物に指定され、野生化集団の防除が義務づけられた。そして、国を挙げての捕獲事業が本格的に開始された。2015年までの10年間に、沖縄島では柵で区切られた島の北部のやんばるの森から、マングースを完全に排除し、奄美大島では全島からマングースを全て排除するという計画。駆除の方法は、かご罠といわれるトラップを、森中に張り巡らし、「マングース・バスターズ」と呼ばれる専従の捕獲作業員が定期的に罠を見回り、かかったマングースを集めるという作業を続ける。
  沖縄・奄美の険しく、深い森の中でのバスターズさん達の懸命な捕獲努力により、マングースの数は着実に減少した。捕獲数は年々減少し、その数の動き方と、マングースの増殖力から残存個体数を推定した結果、沖縄本島のやんばるの森の駆除エリアおよび奄美大島全域で、マングースは数百〜600頭まで数が減っていると計算されている。そして、マングースの減少に伴って、在来種の個体数の回復も観察されている。
 根絶までは、あと一歩である。これまでにも、世界中の島々で、マングースの防除活動は行われていたが、沖縄や奄美大島ほどの大きな島での全面駆除の試みは初めてである。成功すれば、世界に誇れる自然保護事業の成果となるであろう。そして、沖縄・奄美の世界遺産登録へのステップにもはずみがつく。

hyou.jpgのサムネール画像のサムネール画像             奄美大島におけるマングース捕獲数(棒グラフ)と捕獲努力量(折れ線グラフ)の推移
             (環境省那覇自然環境事務所報道発表より

             http://kyushu.env.go.jp/naha/pre_2012/0702c.html)
 

 しかし、個体数が減ってからが駆除の正念場である。数が減ってくれば、罠にかかる割合も低下する。これまでと同じ数の罠では、捕獲される数にも限界が生じて、平衡状態が続く。よりいっそうの捕獲努力を投じるか、あるいは新規な防除技術を開発する必要がある。筆者たちの研究プロジェクトでも、琉球大学や森林総合研究所の研究者などが中心となって、「不妊化ワクチン」や「探索犬の育成」など、新しい技術の確立を目指して、日々研究に邁進している。ただ、まだ実用化には時間を要する。実用化に至るまでは、何とか現状を維持しなくてはならない。何故なら、外来生物は、増殖可能な生物であり、一度でも防除の手を緩めれば、あっという間にもとの密度(あるいはそれ以上)に回復してしまうからである。

 ところが、今年6月に、とんでもない事態が起こった。このマングース防除事業を中心とする、環境省の外来生物防除事業が事業仕分けの対象となってしまったのである。年間3億数千万円の防除事業予算は、確かに自然保護事業のなかでは破格の金額であり、「評価対象」になるのは仕方のないところであるが、自然再生という目的からすれば、決して無駄な予算だとは言えないと、専門家の立場からは思っていた。(というか、国際レベルでみれば、決して巨額とは言えない。オーストラリアはヒアリの防除に7年間で2,000億円投じたとされる。)
 しかし、事業評価の評価者からのコメントは、全くそれとは異なるもので、結論として外来生物防除事業は「抜本的見直し」という判決を受けた。ニュースを聞いた時は、すぐには事態が理解できなかった。「抜本的見直し」とは、事業を止めてしまうか、止めなくても予算を大幅に減額すべき、という意味に等しい。つまり、マングースの防除事業も、「止めてしまえ」ということなのか・・・?

 その後、事業仕分けの会議の議事録も公表されたので、評価委員のコメントを読んでみると、出てきた様々な意見の中には、実はもっともなことも多かった。「防除事業のゴールを明確に。」「日本全国に広く分布している外来種の防除については地域間・省庁間の連携を強化して。」「新しい防除技術の開発にも力を入れて。」などなど、日頃から当事者が感じていることを意見として環境省に投げかけている点については、まさに環境省に対する「叱咤激励」として歓迎すべきものだと言える。
 しかし、問題なのは、マングース防除事業に対して出された意見である。「このままでは防除の効果は低く、根絶は出来ない。防除を一旦止めて、報奨金制度に切り替えるべきである。少なくとも、現在のコスト構造では、国民の理解は得られない。」と、断罪されてしまったのである。

 「一旦止める」なんてことが選択肢として認められるのか?同じ公共事業でも、外来生物の防除の手を止めることは、ダム工事の手を止めるのとは、全く意味が違う。「国民の理解は得られない」ということがなぜ断言できるのか?外来生物防除が無駄だと思っている国民がどれだけいるのか政府は把握しているのか?「報奨金制度」とは、現在のバスターズ・メンバーが、マングースの数が減ると仕事がなくなるから、わざと捕獲努力の手を抜くであろう、という評価委員の「推定」から出された意見であるが、毎日、ひたすら在来種の回復を祈って山野を駆け巡っているバスターズの皆さんの活動を一目でも見たことがあっての意見なのであろうか? 

hokaku.jpg マングースの捕獲作業を地道に続けるマングース・バスターズ

 正直なところ、現場を知る人間としては、特にこのバスターズ・メンバーに対する評価委員の「独断的先入観」が理解し難いものであった。お金目当てだけの 軽い気持ちで出来るほどバスターズの仕事は楽ではない。実際に奄美大島ではかつては報奨金制度でマングースの防除を試みたことがあるが、少しでも捕獲効率 が悪くなると、途端に捕獲者が減って、事業は頓挫した。

 在来種に対する影響を考えながら、マングースの動向を正確に分析して罠をかけて いく。バスターズと行政と研究者の密接な連携のもとでこの事業はここまでこぎつけられた。沖縄・奄美の在来種を守って、本来の自然を取り戻したいという、 共通のゴールがあったからこそ、ここまで続いた事業でもある。道路をつくる、橋を架ける、施設を建てる、といったお金になる事業とは根本的に「精神」が異 なる。

 なんとか、政府には防除事業の予算縮減という最悪の事態だけは避けてほしいと、心から思う。もちろん、国税を使っての事業である から、最終的には何が何でも成功に導かなくてはならない。我々研究者も、少しでも効率のいい防除手法と体制の構築を目指して、今後も研究をいっそう強化し ていく必要性を感じている。
 それにしても、国内の震災復興も遅れ、外来種防除まで予算削減の憂き目に遭っている片方で、7月7日に、国外に2,400億円もの支援を拠出することを決定した日本政府の台所事情の不透明さだけは、いまだに解せない。

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

エコらむカテゴリー

2016 愛知環境賞

第75回 中日農業賞

地球のいのち、つないでいこう

中日スポーツ 東京中日スポーツ 中日新聞フォトサービス 東京中日スポーツ 記事全文へ バックナンバー一覧 記事全文へ 一覧 一覧 一覧 一覧 一覧 一覧