エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

中国からやってきたクマバチ

2012年06月15日

 先日、愛知県岡崎市で開催された「昆虫DNA研究会」という学会に参加した。学会の中で企画された「外来種タイワンタケクマバチの最前線-現状と対応策-」というシンポジウムで発表するためである。
 このタイワンタケクマバチは最近、東海地方で発見された外来のクマバチである。原産地は中国および台湾で、乾いた竹の筒に穴をあけて、中に入って、竹の空洞を利用して巣を作るという習性を持つ。日本にもキムネクマバチという在来のクマバチが生息しているが、こちらは枯れ木などに穴をあけて、その中に巣を作る。 

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     アカツメクサに訪花するタイワンタケクマバチ

 そもそも、クマバチという名前は聞いたこと、見たことある方は大勢いると思うが、その生態については、あまり知られていないのではないだろうか、と思うので、まず、簡単にクマバチとはどんな昆虫なのかを説明しておこう。
 日本のクマバチ(キムネクマバチ)は胸の部分に黄色い毛が生えた、真っ黒で大型のハチである。体長は約2cmほど。ちょうどこの時期、5月から6月にかけて、巣作りのために、フジなどの花にたくさんのクマバチが訪れるのが街中でも見られる。
 身体が大きく、羽音も迫力があるので、多くの人はこのハチが獰猛で危険なハチという印象を持っているが、実は、見た目に寄らず、大変大人しいハチで、滅多にヒトを刺したりはしない。(もちろん、変にいじめたり、触ったりすれば刺されることがあるので、その辺はご注意を。。)
 こうした悪印象の背景の一部には、昔テレビで放映されていたアニメ「みつばちハッチ」の影響があるのではないかと筆者は考えている。このアニメの中では、クマバチ軍団がミツバチの巣を襲い、主人公ハッチのお母さん(つまり女王)をさらっていくというところから話が始まっている(だったと記憶している)。最後には、ミツバチ+他の支援昆虫グループがクマバチ軍団と決戦し、無事ハッチはお母さんバチと再会する、という場面で幕を閉じる(だったと記憶している)。クマバチは徹底的に「悪の権化」として描かれているのである。これを見た人なら、誰でもクマバチに対して恐怖心を持つに違いない。

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            ラベンダーに訪花する日本のクマバチ

 
 しかし、このアニメにおけるクマバチの描写は根本的に生物学的に間違っている。まず、クマバチは、さきにも書いたように大変大人しいハチで、他のハチや昆虫を襲うことはない。次に、クマバチは、ミツバチやスズメバチのように「軍団」は作らない。彼らはメス蜂が独りぼっちで巣を作り子育てする単独性のハナバチで、つまり、たくさんの働き蜂が同居するような大きな巣は作らない。
 軍団で他のハチの巣を襲うものとして、スズメバチが実在するが、長野県などの地方では、このスズメバチのことを方言で「くまんばち」と呼ぶらしく、この「くまんばち=スズメバチ」とクマバチを混同したことから、アニメではクマバチが悪者になってしまったらしい、と噂されている。

 いずれにせよ、まずはクマバチが愛すべき昆虫であることを知って頂ければと思う。で、彼らの生活史は、先にも書いた通り単独生活をしており、春に越冬から目覚めたクマバチのオスとメスの成虫が、野外に飛び立ち、オスは山中の少し開けたところで縄張りをつくって、その中心でホバリングといわれる空中停止飛行を行い、メスが来るのを待つ。メスが近づいてきたら、二匹で空中ダンスを行い、相性が合えば、交尾に至る。交尾が終了したら、オスの役目も終わる。
 交尾を済ませたメスは夏に、太めの枯れ枝や枯れ木の幹を見つけて、ガジガジとかじって、細いトンネルをつくる。そしてこのトンネル内に蜜と花粉を運んで集めて、そこに卵を産む。巣穴の中にはいくつかの部屋が作られ、そこに1匹ずつ子どもが住む、長屋のような巣が構成される。夏の間に成長して成虫になった子どもたちは、その夏の間には巣立たず、母親に餌(花粉と蜜)を運んでもらって生活する。やがて秋も深まり、母親は子育てを終えて、一生を閉じる。子どもたちはそのまま巣穴で冬を越して、春になったら、交尾のために巣を飛び立つ。と、いう具合に、1年の季節サイクルで一生を終える。しかも、その生活様式は完全なる母子家庭。一匹でせっせと数匹以上の子どもたちのために餌を集めて運ぶ姿は、何とも健気である。

isshou.jpg       クマバチの一生

 さて、クマバチという昆虫の説明が長引いたが、本題のタイワンタケクマバチに話を戻そう。日本のクマバチの仲間がアジア大陸にも生息しており、そのうちの1種が竹の中に巣を作るタイワンタケクマバチ。身体は全身、黒のメタリック。羽の色も虹色に輝き、実にエレガントなクマバチである。こちらも日本のクマバチ同様、竹の巣に暮らす我が子らのために母親が1匹で餌集めに奮闘する。
 このタイワンタケクマバチが、2006年に日本の愛知県で野生化していることが確認された。その後、着々とこのハチは愛知県内で分布を広げていることが分かった。いったい、どうやって、このハチは日本に渡って来たのか?追跡調査の結果、2000年以前は、日本への竹の主要輸出国が台湾だったのが、2000年代に入ってから中国が輸出国に入れ替わり、大量の竹が中国から輸入されるようになって、このハチも竹とともに日本に侵入してきたと推測された。このハチも21世紀に入ってからの貿易自由化の波に乗って日本に渡ってきた。

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           竹の生け垣に作られたタイワンタケクマバチの巣穴

 そこで、このハチをどうするべきか、ということで昆虫学者の間でも議論が起きて、外来種なのだから、早急に駆除を考えるべきであろう、ということで、この度、学会で研究集会が開かれることとなり、外来種防除のプロジェクトを運営中の当方にも講演依頼がやってきた。確かに、外来のアリ類やマルハナバチの防除について研究をしているが、クマバチの防除なんて、したことも聞いたこともない。さて、どう扱えばいいものやら、と思いながら、他のクマバチの専門家の先生方の講演を聴きながら、講演内容をその場で考えることとした。

 まず、外来種防除の原則として、その種が在来の生態系や人間生活に対してどれだけ有害なのか、リスクを判定しなくてはならない。リスクのないものを放っておいていいというわけではないが、数多くある外来種対策の中で、人手とお金を回すには優先順位を付ける必要がある。その優先順位は、やはり外来種によるリスクと被害の大きさで決めるしかない。

 で、諸先生方の研究成果を聞いて、タイワンタケクマバチの生態リスクを整理してみた。

1)    在来のクマバチと餌や住処を巡って競合してしまう!?
(結論)日本のクマバチと激しく餌を採り合っている状況は観察されず、また営巣場所も根本的に違うので、競合のリスクは低い。。
2)    在来のクマバチと交尾をしてしまう!?
(結論)交尾できない。。
3)    農業に被害を与える
(結論)餌も住処も農業被害をもたらす恐れは少ない。。
4)    人間に危害を加える
(結論)日本のスズメバチの方がよほど危険。。

 んーーーーー。。これは、何もリスクらしいリスクが見当たらないではないか。。他に何かないのか?と思いあぐねながら、講演を聴いていると。。。何と、このタイワンクマバチにはコナダニというダニが体表に寄生しており、このダニが、日本のクマバチに寄生するダニと形がそっくりで区別がつかないのだ、という話が出てきた。しかも、DNAを調べてみると、日本と外国のダニは遺伝的には異なる進化をして来ていることが分かったというのだ。しかも形が非常に似ていることから、この2種のダニがもし出会ったら交尾して、雑種を作ってしまうかも知れないのだと!つまり、日本のダニの遺伝的固有性が損なわれてしまうかも知れないというのである!これはダニをこよなく愛するダニ学者としては一大事である。
 ついに、生態リスクが見つかった。これならこのハチはすぐに防除しなくてはならない!。。。と一瞬、息巻いてみたが、果たしてダニの固有性なんかにどれだけの人が共感してくれるであろうか。。ちなみにこのコナダニは、ハチにも人間にも全くの無害である。。。

 結局、防除すべきか、放っておくべきか、結論は先送りのまま、学会は幕を閉じた。当方自身は、講演の中で、殺虫剤を巣穴に噴射すれば防除は可能であろう、ただ、自治体が税金を投下してでもやるべきか否かは、議論が必要、という何ともロバストなシナリオしか発表できなかった。。このハチが将来、このまま増え続けるのか?そして何か悪さをするのか、今のところ判断はできない。ただ、このハチ自体には何の罪もなく、遠く中国から連れて来られ、今、一生懸命この新天地で生き残るために、働いている。

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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