エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

アカケダニのひみつ

2012年05月29日

 以前にこのコラムでハダニという植物に寄生するダニの交尾を巡るオス同士の熾烈な争いについて紹介した。このハダニのエピソードをテレビ局の人に話したら、結構ウケて、番組でダニ特集を組んでもらうこととなった。その流れで、あれこれダニの面白い形や習性などを紹介するために、本やインターネットで情報検索していたら、面白い動画を見つけた。

 撮影場所はインドのPuriという街らしく、雨期になって、地面からぞろぞろ出てくる真っ赤な「虫」を村人たちが拾って集めるシーンが繰り広げられている。で、手のひらに入っているその虫のアップを見てみると、それは昆虫ではなく、2cm近くもあるダニだった!姿形から、「アカケダニ」と言われるダニの1種と思われた。アカケダニは世界的に広く分布するダニで、別名、Red velvet mite(レッド・ベルベット・マイト)と呼ばれる自由生活者。すなわち、普段は地面の中で昆虫やセンチュウの卵や、菌など、有機物を食べて生きている土壌生物である。

アカケダニ写真.jpg               八丈島のアカケダニ(撮影・写真提供:八丈ビジターセンター・高須英之)

 日本にも生息していて、梅雨時になると、地中から交尾のために出てきて、真っ赤なフサフサの毛を生やした身体で地表をうろうろと歩いて回る。主に山岳地帯などに生息しており、皆さんも登山をしているときに足下に赤い虫がうごめいているのを見たことがあると思う。それが、このアカケダニである。

 ただ、日本産のものは、動画に出てくるインド産のものよりずっと小さく、3〜4ミリしかない。自分も日本産のアカケダニは採集して飼育したことはあるが、この動画に出てくるでかいアカケダニにはちょっと驚いた。でも、その大きさ以上に気になったのが、なんで、このインドの村人たちはダニなんか拾って集めているのか、ということ。動画を進めてみていくと、彼らは集めたダニを、金属製のたらいに入れて、それを村までもって帰っている。村では集会場?らしき建物のテラスの地面に何やら円形の模様と教典らしきものを描いて、そのうえにブランコを設置し、ブランコの椅子に花を添えて祭壇のようにしている。そこにダニ入りのたらいがやってきて、ブランコの椅子に乗せられる。そして村人皆でブランコを揺らして、歌を歌う。まるでダニを祭るかのように。。。

 いったい、この動画は何の儀式を映したものなのだろうか!?見終わった後、ダニ学者としての好奇心がどうしようもないほど膨れ上がり、ダニ学の知り合いや、映像関係の知り合いに片っ端からメールを配信して尋ねて回った。その結果、このアカケダニがインドでは、古くから薬用に利用されているらしいことが分かった。論文を検索してみると、このダニの効能を薬学的に調べた研究例もあり、その中にも、このダニがインドの伝統的な薬用動物であることが明記されていた。この論文では、このダニの体液には抗菌作用があることを検証していた。どうやら、件の動画は、村で伝統的に伝わる「自然の恵み・薬用ダニ」を祭る儀式を映したもののようだ。それにしても、人間の薬として役立つダニがいるとは!ダニ学者としては、何とも「心温まる」エピソードである。ただ、この赤くて大きいダニを、最初に口に入れることを思いついた人物は、随分と勇気がある人だったと思う。。

 ところで、このアカケダニは、その交尾の様式も一風変わっている。雨期になり地中から這い出てきたアカケダニのオスとメスは、次世代を残すための求愛行動を繰り広げる。プロポーズはオスの方からメスに対して一方的に行われる。スタスタと歩くメスの周りを、オスはぐるぐると歩き回りながら、ときおり、ポンポンとメスの身体をタッチする。あたかも「ねえねえ、お嬢さん、僕みたいな男はどう?お茶でも飲みに行かない?」とでも言いながら女性の肩を叩いているかのように。オスを気に入らなければ、メスは一切無視して歩き続ける。ところが、もしメスがオスのことを気に入れば、メスはその場に立ち止まる。この気に入る、気に入らないの見極めは、オスの「肩たたき」の上手い、下手で決まっているらしい。。

 メスに立ち止まってもらえたオスは、その場で精子が入った袋をいくつか地面に突き立てる。これを精包という。この精包を何本か立て終わると、オスはスタスタとその場を去ってしまう。オスがいなくなるとメスはゆっくりと精包に近づき、精包をまたいだ状態で立ち止まり、生殖門を開いて精包を自分の体内に取り込んでいく。取り込みが終わるとメスもその場を去っていく。こうしてアカケダニの交尾は成立する。。。って、オスは肩たたき以外全然メスに触らせてもらえないのである。しかも、メスが自分の精子を取り込んでいる様も見届けることなく、オスは去っていくのである。何とも切ない交尾風景である。もちろん多くのダニ類はオスとメスが合体して交尾する。それはハダニの交尾の話でも紹介した。いったい、なぜアカケダニがこんなに切ない交尾の形態を選んだのか、その理由は浅はかな人間には到底理解できない深い理由があるに違いない。。。

 

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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