エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

マレーシアの熱帯林で出会ったシロアリ

2012年04月10日

 2月の終わりにマレーシアのパソー森林保護区に調査に行ってきた、という報告を先月のコラムで書いた。今月はそのときに出会った昆虫や動物達の話を書こうと、思っていたのだが、実際には、行った時期がちょうど乾季に入ったばかりで、ジャングルの中も結構、カラカラで、昆虫の活動も低下しており、そんなにいうほどたくさんの生き物を見ることはできなかった。熱帯雨林気候といえども、生物には季節性がある。乾季に入った熱帯雨林は、涼しくて、快適だが、そのぶん、生き物の観察には苦労するということらしい。

 特に、フタバガキという樹木の仲間を中心とする東南アジアの熱帯林は、常に花が咲いている訳ではなく、何年かに一度、同じ時期に一斉に花を咲かせる。「一斉開花」と呼ばれるこの現象のメカニズムは、未だ解明されていない。4年に1回とか、決まった周期がある訳ではなく、どういうタイミングで、何が引き金になって、様々な樹木が同時に花を咲かせるのか?何のために、この一斉開花という現象が、東南アジアの生態系で進化したのか?今も多くの生態学者がこの難問・奇問に取り組んでいる。

 この一斉開花という現象のために、花を訪れる昆虫の発生にも不規則性が生じることになる。今回の調査でサンプル採集の対象の一つであったハナバチ類も、ほとんど見ることができなかった。そのほか、蝶の仲間や、甲虫の仲間も簡単に見つけることはできなかった。相当高い所で鳴いているのか、姿は見えないが、涼やかな声で鳴くセミだけが熱帯林らしさを感じさせてくれた。意外にも、初めての熱帯原生林は想像以上に物静かな場所であった。生き物観察としてはやや物足りない感じではあるが、そのぶん、ヤマビルも発生が少なく、血を吸われることもなくて快適にトレッキングはできた。 

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                  乾燥のためにヘロヘロになりながら、筆者の脚に辿り着いて
                  這い上がろうとするヤマビル。

 それでも、林内を歩いているうちに、一生懸命活動している昆虫を見つけることができた。ヒルが足を這い上がってないか確認するために立ち止まり、足下を見てみると、朽ち木の上を、ものすごい数で行列をつくって、這い回るムシがいた。アリの集団?こんなすごい行列に襲われたりしたら、大変なことになる!?と、一瞬たじろいだが、よくよく観察してみると、こいつは「アリ」ではなく、シロアリの仲間だと分かった。その名もコウグンシロアリ。名前の由来は、文字通り、その「行軍」のごとく行列をなして歩く様。

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                         コウグンシロアリの行軍

一般にシロアリといえば、木造住宅を食い荒らす害虫のイメージが強い。実際、木材を餌とするシロアリはたくさんいるが、全てのシロアリが害虫という訳ではない。このコウグンシロアリの場合は、樹木の表面に生えている地衣類すなわちコケを餌としている。彼らが樹木や朽ち木の上で「行軍」するのは、ひたすらコケを採集して団子にして、巣に運ぶためである。彼らの巣である蟻塚の中にコケの団子を運んで、分解・発酵させてそれを餌とする。
 もう1種類、せっせと働くシロアリがいた。こちらはスミオオキノコシロアリという種。このシロアリは、朽ち木等を咀嚼して、巣内にキノコの培地をつくって、キノコを栽培して餌にするという、「農業」をする珍しいシロアリ。こうしたキノコを栽培するシロアリの仲間はキノコシロアリと呼ばれ、実は日本にも同様な生活をするシロアリがいる。沖縄県の八重山諸島(西表島や石垣島等)に生息するタイワンシロアリがやはりキノコを栽培することで有名である。このスミオオキノコシロアリは、巣内に100種以上ものキノコを育てることで有名で、巣=アリ塚自体がとても巨大なものになる。
 
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   スミオオキノコシロアリ。葉っぱの上で睨みをきかせているのは「兵隊シロアリ」。
   働きシロアリの行進が、他のアリ等に襲われないように見張っている。かなり気が
   荒く、人間でも近づくと威嚇してくる。大顎も大きくて、その噛む力はかなり強力。
   実際噛まれると相当痛いらしい。。

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                     キノコシロアリのアリ塚(巣)

 シロアリというと、先程も述べたように日本では家屋を喰い荒らす害虫のヤマトシロアリなどが有名であるが、これらの食材性シロアリの多くはほとんど木材の 中で一生を過ごしており、身体も真っ白である。しかし、コウグンシロアリもキノコシロアリも、ともに日中から外に出てガシガシ歩いて働くので、紫外線から 身を守るために、真っ黒な体色に覆われ、身体自体も固く進化している。ぱっと見は、普通のアリそっくりである。

 東南アジアの森林生態系では、これらのシロアリは、分解者として重要な役割を果たしている。朽ち木や枯れ葉、コケなどを食べて分解するとともに、さらにキノコを栽培して、分解を促進する。こうしたシロアリの働きによって、森の有機物は速やかに無機物に転換され、再び植物の成長に利用される。高速のサイクルで物質が循環し、エネルギーが消費される熱帯雨林の生態系にとって彼らはなくてはならない存在である。家をかじって人間にとって迷惑な害虫のシロアリだって、もとを正せば、森の朽ち木を分解する上で重要な役割を果たして来た虫なのである。

 ところで、シロアリは「身体が白いアリ」で、アリの仲間だと思ってる人も多いかもしれないが、アリとシロアリは分類学的には全く別の昆虫である。アリはハチの仲間であり、シロアリはゴキブリの仲間なのである。身体の作りもよく見てみると、かなり違う。普通のアリは、ハチの翅を抜いたようなスタイルで、頭部と胸部と腹部の間は細くくびれており、身体を自由に曲げて、背中やお腹を自分で舐めて掃除することができる。それに対して、シロアリの場合は、くびれがなく、身体を曲げたりひねったりすることができないため、自分で自分の身体を掃除することができない。なので、1匹でいると身体にカビが生えて死んでしまうので、必ず仲間と同居していなくてはならない。ゴキブリの仲間!?なんて聞くと、余計に嫌われてしまいそうだが、嫌われ者の生き物でも、生態系にとってはとても大事な役割を担っている、生物多様性の一員であることを、是非知っておいて頂きたい。

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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