エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

生物多様性の源〜撹乱と再生〜

2012年03月10日

 2月の終わりにマレーシアのパソー森林保護区に調査に行ってきた。パソー森林保護区は、半島マレーシアの南西部にある天然の熱帯林エリアで、クラルンプール国際空港から自動車で2時間半ほど走ったところにある。面積が約2,500haの森林保護区で、中心の約600haは人間の活動の影響をほとんど受けていない原生状態が保たれている。
 パソー森林保護区には、日本の研究グループも多数やってきて、現地の研究機関と共同で生物多様性や生態系の研究を進めている。筆者が所属する国立環境研 究所も、この森林保護区で樹木の多様性調査や、物質循環のメカニズム、地球温暖化にかかるCO2収支など、多岐にわたる調査研究を展開してきている。

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 パソーの天然林 モコモコした感じでフタバガキの森が広がっているのが分かる。様々な

 種で構成され、色や高さにも変異が見られる。ちなみに森の向こうには、油ヤシの畑が広

 がっているのも見える。この森も、かつてはもっと広大であったと考えられる。


 我々生物学者から見ると、なんといっても天然の熱帯林の魅力は、その驚くべき種の多様性にある。樹木の種数だけでも1haあたり200種を超えることは珍しくなく、日本の温帯林で調査しても1haあたり20種程度を数えるのが限界であることと比較しても、その種の多様性がどれほど高いかがわかる。植物の種数が大きい分、植物食の昆虫や動物の種数も大きなものとなり、またそれらを分解する菌類などの微生物種数も膨大となり、森全体の生物多様性は果てしなく大きなものとなる。
 ちなみに世界の熱帯林エリアの総面積は、地球上の陸域面積のわずか7%足らずしか存在しない。この狭いエリアに、地球上の全生物種の40%以上が生息していると考えられている。いわば、生物多様性の過密地帯のようなものである。だから、熱帯林を破壊して開発するということは、即、地球上の生物多様性の減少につながってしまう。現在、1年あたり1,300万ヘクタールの面積の熱帯林が破壊されているとされる。これは北海道と九州をあわせた面積よりも広い。

 パソー森林保護区も、地球上に残された貴重な天然の熱帯林エリアのひとつとなる。パソーを含め、東南アジアの熱帯林を構成する代表的な樹木はフタバガキ類という巨大な木の仲間である。植物にとって貴重なエネルギー資源である光を求めて、その高さは50メートルを超え、うっそうと茂った森では、太陽光が遮られ、雨粒すらも簡単には地上に届かなくなる。これだけ大きくなるのであれば特に成長が早いフタバガキの少数種が光を独占して、森は特定の樹木だらけになりそうなものだが、実際はそうはならない。先ほども記したようにこの森には膨大な種数の植物が生えている。 

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 森の中から見たフタバガキ うっそうと茂った森の中は、昼でも
 薄暗く、空気も涼しい。たまに明るく見える部分がギャップである。

 植物はみな、二酸化炭素と水とミネラルを餌とし、太陽光をエネルギー源とする。従って、全ての植物は共通の資源を求めて競争するので、それらの資源を獲得する能力に差があれば、最もその能力が高い種が最終的に資源を独占し、他種を排除することになる。仮に全ての種が同じ能力を持っていたとしても、長い年月が経てば、限られた面積の中での個体数の変動によって、最終的には少数の種しか生き残れない。

 いったい、なぜこれほどまでに熱帯林には多様な樹種が共存できるのか?この問題は、いまだ多くの生物学者にとってホットな研究課題となっている。この多様性維持メカニズムの一つとして注目されるのが、巨大に成長した木が、たまに倒れて出来る「ギャップ」と呼ばれる日照空間である。

 高く成長したフタバガキはやがて寿命がつきて倒れる。あるいは突風が吹いて折れることもある。巨木が倒れることで周りの樹木も巻き添えを食って、多数倒れてしまうこともある。すると、それまで森を覆っていた樹木の枝葉が一時的に消失して、日光が地上近くまで降り注ぐ、「森の穴=ギャップ」が生まれる。そしてこのチャンスに、新しい木が生長を始める。このとき、ギャップの広さや形は、その時々で異なるので、あるときはAという植物種が生長し、あるときはBという植物種が生長し、という具合に、ギャップの空間構造や時期に応じて成長できる樹種にも違いが生じる。こうして、森は常に新しい木が再生することができ、その多様性が維持される。

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   強風で倒れた樹木 幹には、つる性の植物が巻き付き、
   栄養分
と水分を吸い取っていたことがわかる。こうした
   巨木が倒れることでギャップが生まれる。

 環境が時間的にも空間的にも一様であれば、多様性は維持されない。熱帯林では、不意に起こる自然の撹乱によって、森の一部がリセットされ、新しい生命が成長するチャンスが与えられる。じっとしている植物の世界でも、常に変化があり、進化も継続している。

 自然は時には優しく、そして時には厳しい変化を見せる。この1年間に京都大学フィールド科学教育研究センターが行った気仙沼沿岸域の潜水調査結果によれば、震災直後、海底は、泥や陸上からの漂流物によって覆われ、生き物の姿を確認するのが難しかったが、その後、急速に水質と海底の状態が改善され、様々な海の生物が復活していると報告されている。地震以前よりも生物多様性が高くなっているかもしれないという。地震と津波という自然の強大な力による撹乱が新しい生物多様性を成長させたのかもしれない。

 自然は常に変わらず安定しているわけではない。そのダイナミックな変動に適応して順応してこれまで生物は進化し続け、生きてきた。そして我々人間も、自然の変動をかいくぐって生き残ってきた。今、自然の逆らえない力を経験した我々は、改めて「自然の流れ」というものを認識する必要があるのかもしれない。パソーの森を歩きながら、考えてみたりした。

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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