エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

外来種のリスク

2012年02月16日

 筆者自身が、所属する研究所でのメインの業務が外来種対策なので、このコラムでもたびたび外来種の話をとりあげてきた。外来種とは、人の手によって本来の生息地から違う場所に移動させられた生物を指すが、近年、経済のグローバリゼーションに伴う人とモノの移動が活発化する中、外来種の増加と生態系に対する悪影響が、世界的にも問題となっている。輸入大国である日本でも、意図して、あるいは意図せずして、様々な外来種が持ち込まれ、日本在来の生物に対するインパクトが心配されている。

 日本を代表する外来種にマングースが存在する。マングースは、西アジアから東南アジアにかけて分布する雑食性の哺乳類で、日本では、沖縄島と奄美大島に持ち込まれ、定着している。その歴史は意外と古く、1910年に沖縄島に持ち込まれたのが最初である。その後、1979年に沖縄島から奄美大島に導入されている。マングースが持ち込まれた理由の一つとして、沖縄や奄美大島に生息している土着の毒ヘビ・ハブを退治するためだったと言われている。

 manguusu.jpgのサムネール画像

マングースのCG(筆者描画) 巨大なクマみたいに描いてしまったが、
実際のマングースは体長40cmにも満たない小柄な動物である。


 当時の島民にとっては、ハブは命に関わる怖い生物だった(今でも、もちろん咬まれれば命に関わるが、医療機関の発達により、その被害は軽減されている)。その天敵として、マングースに目を付け、島に導入することを提案したのが、当時、生物学の権威とされた東大の教授であったとされる。
 教授がバングラディッシュに出張に行った際に、街でコブラ対マングースの対決ショーをみて、毒ヘビ・コブラを勇猛果敢に倒すマングースの姿に感激した教授が、マングースの沖縄への導入を思いつき、船便で運んだ、という逸話が語り継がれている。対決ショーに感動してとった行動か否か、その真実は定かではないが、研究者によって、この外来動物が持ち込まれたということは間違いない。

 マングースが沖縄島に到着したときには、当時の地元紙でも記事となり、「期待の星(ホープ)来る!」と大々的に宣伝されていた。ハブ退治の決め手として、島民達の期待も高かったことが伺える。わずか20匹ほどの導入個体は、沖縄島でみるみるうちにその数を増やし、最高10,000匹には達したと推定された。ところが、マングースによってハブが減るという効果は、ほとんど見られなかった。
 マングースは、もともと昼間しか行動しない昼行性の動物であり、そして、ハブは夜しか動かない夜行性の動物。。。もともとこの二つの動物が野外で出会うチャンスは極めて低かったのである。そして、マングースは雑食性の動物であり、別にヘビを専門に食べる動物ではない。ハブみたいに危険な動物を食べるよりは、もっと楽して食べられるものがあるならば、当然、そちらから食べ始める。で、マングースが沖縄や奄美大島を見渡して目を付けたのが、よちよちと地面を無防備に歩いているヤンバルクイナやアマミノクロウサギ。。これら、島の固有で希少な動物たちが次々とマングースの餌となってしまった。

 しかし、在来の生物への被害が認識されるまでには随分と時間がかかり、2000年になって、ようやく異変に気付いた専門家たちの野外調査によってマングースの侵略的外来天敵生物としての実態が明らかとなった。それまで、研究者たちからはこの動物が実は在来の生態系に対して悪影響を及ぼしているのではないかという予測はなされていたのだが、予測や推定だけでは当然、役所や国も具体的なアクションを示してくれず、結局、長い時間をかけて証拠が集められて、ようやくマングースは「有害動物」と認定され、駆除対象となった。
 現在、沖縄島と奄美大島では環境省によるマングース駆除事業が展開されており、これまでに15,000匹以上のマングースが捕獲された。かなり密度は低下したものの、今度は罠にかかる確率が低下してしまい、マングースとの闘いはこう着状態にある。昨年より、当研究所を中心として、外来生物の防除手法の開発プロジェクトが発足し、マングースについてもさらに効果的な罠の開発や、誘引剤などの探索が進められている。

 リスクが予測された段階で、早急な対策がとられていれば、この闘いの展開もまた変わっていたかもしれない。しかし、外来種に限らず、あらゆるリスクは、実際に具体的な被害とならない限りは、なかなか人間というものは、動き出さないものである。また、リスク予測自体も、その時代の科学的知見や分析能力に基づかざるを得ず、マングースもまた、その導入された時代では、「外来生物」という概念もなく、リスクも予測できなかったということになるのであろう。。

 一旦、「被害」が生じてしまった場合、その回復には、膨大な時間がかかる。3.11以降、日本全体が今そのことを痛いほど感じている。

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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