エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

世界で一番遠い島

2011年12月12日

 先月、小笠原に行って来た。現在、進めている外来種防除のプロジェクト研究の一環で、小笠原諸島の外来種対策を視察するとともに、地元の方々への公開講演会をさせていただくために行って来た。小笠原諸島は、東京から南に1,000キロメートル離れた洋上にある30以上の島々の総称である。諸島の総面積は約100平方キロメートル。一番大きな父島でも、わずか、24平方キロメートルしかない。とても小さな島々である。この諸島は今から3千万年前から数百万年前に海底火山が隆起して出来た島であり、一度も大陸とは陸続きになったことがない。このような島を海洋島という。他にはハワイ諸島やガラパゴス諸島、セイシェル諸島などが有名である。同じ島でも、沖縄諸島は含む日本列島は古い時代に何度か大陸と陸続きになったことがある島で、こういう島は大陸島と呼ぶ。

 海洋島は出来たばかりのときには、陸上生物が何もいない。長い時間をかけて偶然辿り着いた植物や動物たちで生態系が作り上げられる。まわりには大陸がなく、何千キロも広がる海に囲まれているので、辿り着ける生物には限りがある。木の破片や、果実にのって、何日も飢餓や乾燥に耐えられる生物か、軽くて気流に乗って移動できる生物、長距離移動する鳥に運んでもらえる生物、などなど、命からがらにやってきた生物だけで生態系が始まる。そして、隔絶された世界で独特の進化を遂げる。まさに偶然の産物としての、他にはない生物多様性が展開される。

 だから小笠原諸島の生物相も、この島でしか見られないという固有種の宝庫である。大きなシダ植物のマルハチ、小さな花を咲かせるシマホルトノキ、諸島の中の父島という島にしか生息しないムニンツツジなどの植物や、アシガラカラスバトやメグロ、オガサワラノスリなどの鳥類、ハナダカトンボやオガサワラシジミなどの固有昆虫類・・・。どれをとっても、他の地域には存在しない貴重な種ばかりである。

 先にも書いたが、はるばる海を渡ってこられた生物が祖先となって、生態系が形成されているので、まず、生物の種類に大きな偏りがある。大きな哺乳類は1種もいない。また、唯一、オガサワラオオコウモリという植物食の大型のコウモリしかいない。爬虫類もオガサワラトカゲとミナミトリシマヤモリの2種のみで、両生類は1種もこの島では進化していない。哺乳類や両生類が存在しないのは、やはり他の島や大陸からとても遠かったうえに、島があまりに小さかったためだと考えられている。一方、小笠原のカタツムリは、これまでに分かっているだけで100種も見つかっている。カタツムリは日本全体で800種ほど生息するとされるから、この面積でこれだけの種数が存在するのは実は尋常ではない。通常、面積が小さい島では種数は限られるのが生物学の定説であるが、このカタツムリについては、島に天敵が少ないことや、アリやミミズなどの採集者・腐食者がいないことなどから、様々な機能を担うように、様々な種に進化していったと考えられている。このような独特の生態系をもつことから、小笠原諸島は「東洋のガラパゴス」と称され、今年、ついにユネスコの世界自然遺産に登録されたのである。

 さて、この小笠原に渡るには、東京港から小笠原丸というフェリーに乗っていくしか交通手段はない。沖縄のようにジェット機に乗って、数時間というわけにはいかないのである。1,000キロメートルを、実に25時間かけて渡る。そう、ボーイング787という超エコなジェット旅客機が登場した今、小笠原は、間違いなくこの地球上で、日本からもっとも遠い島と言っていい(まあ、もちろん、実際にはとんでもなく遠い外国の島や地域はあるのだが、観光地としては恐らくもっとも遠い部類だろう・・)。

 
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本文とは直接の関係はないが・・小笠原丸の食堂のメニューの一つ、島塩で食べるステーキ。旨かったです。。

 朝、東京の埠頭から出発。これで3回目になる小笠原渡航。前の2回はとんでもなく揺れる船に完全に船酔いして、ヘロヘロになって島にたどり着いたという経験があり、今回は万全を期して酔い止めをたっぷりのんで、ひたすら大人しく横になって寝ていたら、意外と揺れも少なく、肩すかしをくいながら、食堂でコロナビールを売ってるのを知り、大喜びで一人宴会をして、そのまま夜は気を失うように寝てしまった。そして翌朝、目覚めて、デッキに出てみると小笠原諸島が眼前に広がっていた。久しぶりの小笠原に心が躍る。

 
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  小笠原父島に近づき、デッキに出て、到着を待ちこがれるお客さんたち

 父島に上陸して、すぐに現地で調査されている方々と合流して、島内の調査を開始。今回の調査目的は特に、「グリーンアノール」と呼ばれる外来の爬虫類の捕獲事業の視察だったのである。このトカゲは、北米原産で、1960年代にこの島にペット目的で持ち込まれたものが、野生化して島中に広がってしまったと考えられている。きれいなグリーンの体とつぶらな瞳をもち、見た目はとても愛らしいトカゲなのだが、木登りも得意で、島中の固有の昆虫をバクバク食べまくって減らしていることが調査で分かった。現在、外来生物法の特定外来生物にも指定されており、当然島の外にこのトカゲを持ち出すことは厳禁となっている(念のために付記しておくが、もし違反すれば300万円の罰金が科せられる)。同時に、小笠原の生物多様性を守るために、このトカゲは駆除しなくてはならない。世界自然遺産に登録される際にも、この外来トカゲのコントロールが重要課題とされた。

 そもそも、これまでにもトカゲを駆除するなんて研究例は世界にもほとんど例がなく、おまけにこのトカゲは地上も木の上も自由自在に走り回れる。簡単に捕獲できる動物ではない。そこで開発されたのが、ゴキブリホイホイを応用した、「アノールホイホイ」。強力な粘着シートをもつトラップを木の幹にまいておくことで、アノールが獲物を採りに木登りして来た所を捕まえるという手法である。さらに彼らが生活場所として好む、雑草の草むらも草刈を徹底して除去する。

 
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          島のあちこちに設置される「アノールホイホイ」

 
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捕獲されたグリーンアノール。標識を背中に記入されて行動範囲などが調べられる。

 こうした駆除努力のお陰で、以前よりもアノールの数はかなり減ったとされる。実際、筆者も10年以上前にこの島に来たときには町中でも茂みの中でも普通に見られたこのトカゲは、今回は簡単には見つからなくなっていることを実感した。さらにアノールが減ったエリアでは、固有の昆虫が増えて来ていることも明らかとなっている。駆除の効果は表れていると考えていい。ただ、問題なのは、アノールの数が減ってくれば、罠の効果が落ちるので、根絶のためにはいっそうの労力が求められるということである。駆除活動の予算にも人員にも限りがあり、如何に効率よくアノールを駆除するか、新しい手法の開発が求められている。

 小笠原にはアノールの他にもたくさんの外来種が持ち込まれて、島の生物多様性を脅かしている。オオヒキガエルは、アノールと同様に様々な昆虫や小動物を補食している。食用目的で導入されたヤギは多くの島の植物を根こそぎ食べて、一時、禿げ山状態にしてしまったこともある。ニューギニア原産のウズムシと呼ばれる小型のヒルの仲間は、島の固有のカタツムリの天敵として恐れられており、靴底などに付着して分布を広げていると考えられている。また人間が放してしまったネコも野生化して、多くの動物を襲っている。そして、何よりも人間自身がもっとも強大な外来生物として島の森を破壊し、土壌を汚染することで、多くの動植物の脅威となっている。ムニンツツジという固有の木本植物は、生息地破壊によって、もはや現在1株しか島には残っていない。

 調査を終え、島のビーチで美しい夕焼けを見て、あー、やっぱり離れ小島の風景は独特で素晴らしいと実感する。この美しい風景を見てみたいと思うのは、誰でも同じだろう。世界自然遺産に指定されたことで、この島に憧れてくる観光客もよりいっそう増えるかもしれない。そうなれば、また外来生物が侵入してくる危険性も上がるであろう。しかし、島の自然の素晴らしさを通じて生物多様性の価値を広げるチャンスにもなるかもしれない。いずれにしても、人間のふるまい一つで、島の自然と生物多様性の運命は別れる。人間の欲求と自然の保護のバランスの難しさを感じずにはいられない島巡りであった。

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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