エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

百花蜜

2011年11月10日

 先月、高知市で日本ダニ学会が開かれ、筆者も参加して発表をした。四国の土佐と言えば、何といってもカツオのたたきと日本酒!毎夜、学会が終わる度に、居酒屋をめぐり、地元のお魚とお酒を堪能した。南北に長く、山あり川あり海ありと、地形にもバリエーションがあり、さらに春夏秋冬という季節の変化も際立つここ日本では、地域ごとに特有の、そして季節ごとに特有の旬な食べ物が豊富にある。こうして、異なる地域に出掛けて美味しいものを食べる度に、日本の生物多様性のありがたさを感じるとともに、「地産地消」「旬菜旬消」の大切さを感じるのである(←単純に、飲み食いの言い訳。。。)

 学会期間が終了したあと、筆者は森林総合研究所の共同研究者(こちらもダニ学者・・)とともに、四国に生息するニホンミツバチの採集に出掛けた。実は2人ともダニ屋であるが、業務は生物多様性の評価と保全であり、この春から新しく立ち上がった共同研究プロジェクトで、日本国内のニホンミツバチの遺伝子の多様性とコロニー(巣)の数の測定を行うという研究課題を抱えていたのである。そこで、せっかく四国に出張で来たので、山の中にも足を伸ばして、野生のニホンミツバチを研究用に採集して帰ろうということになったのである。

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 四国の渓谷。水がとにかく美しい

 四国というところは本当に山が深く、切り立った断崖にへばりつくように造られた狭いくねくね道を車で走らなくてはならない。高所恐怖症の筆者にとっては、そんな道を走ってるだけで気が滅入ってしまう。延々と走りながらミツバチがいそうなポイントを探して回る。そして、山間の大豊町という町でソバ畑を見つけて、そこでソバの花に訪れるニホンミツバチの働き蜂を採集することができた。

 すると地元の年配の女性の方が声をかけて下さり、我々がニホンミツバチの研究をしていると説明すると、その方も自宅の裏山でニホンミツバチを飼っていると教えて下さった。

 通常、日本では、蜂蜜を集めるのに利用されているのがヨーロッパ産のセイヨウミツバチである。こちらは古く明治時代に日本に輸入されて以来、家畜昆虫として飼育されてきた歴史がある。とても働き者で、効率よく蜜を集めてくれる。

 一方、ニホンミツバチはその名の通り、日本にもともと生息している在来のミツバチである。セイヨウミツバチに比べて、少し身体が小ぶりで、行動範囲も狭い。巣の大きさもセイヨウミツバチに比べると小さいので、採れる蜂蜜の量はそんなに多くはない。だから日本国内でも養蜂と言えば、セイヨウミツバチを使ったものの方が圧倒的に多い。

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 ソバの花に訪花するニホンミツバチ(写真提供:森林総合研究所 滝久智 博士)

 同じミツバチだが、この2種を比較すると、やはり生息している環境に合わせて異なる進化をしてきたことがよくわかる。特筆すべきは天敵のオオスズメバチに対する行動である。狩り蜂であるオオスズメバチは、よく他のハチの巣を襲撃して、幼虫や蛹(さなぎ)を餌として持ち帰る。ニホンミツバチもその襲撃対象となることがある。ところがニホンミツバチは、オオスズメバチが巣の中に侵入しようとすると集団でオオスズメバチの身体に取り付き、まるでお団子のようなミツバチの塊を形成する。これを「蜂球(ほうきゅう)」と呼ぶ。ニホンミツバチは「おしくらまんじゅう」をして、この蜂球内で48℃の高温を発生させる。ニホンミツバチよりも熱に弱いオオスズメバチは、おしくらまんじゅうの中で呼吸も十分出来ない中、熱にさらされ、死んでしまうのである。これこそがニホンミツバチが進化させてきたオオスズメバチ撃退法である。

 一方のセイヨウミツバチは、オオスズメバチが巣を襲ってきたとき、多くの場合は、ひたすら働き蜂が単独で敵に襲いかかり、次々にオオスズメバチの大顎で首を切り落とされて、最終的には巣が全滅してしまう。最近の研究で、セイヨウミツバチも「おしくらまんじゅう」を造ることがあることが発見されたが、ニホンミツバチのそれとは違って、窒息させるだけの戦法らしく、大型のオオスズメバチにはあまり効果がないらしい。だからセイヨウミツバチは、オオスズメバチのいない小笠原などの島を除いて、日本国内では野生化できないでいる。

 この「蜂球」という戦法は、まさに、日本という生息環境の中でニホンミツバチがオオスズメバチとの共進化の果てに勝ち取った行動形質であるが、さらにニホンミツバチは、「無理せず、やばくなったら逃げる」という戦術も進化させていて、オオスズメバチを撃退することもあるが、戦況が悪いと判断すれば、さっさと巣を捨てて、別の場所に逃げるという行動もとれるのである。まさに「逃げるが勝ち」という戦法である。こうした行動様式も、狭く険しく、環境の変化が激しい日本という風土で生き残るために、自ずと進化してきた形質なのかもしれない。

 そう考えると、こうしたニホンミツバチの性質は、我々日本人の「気質」にもあてはまるような気がする。山が険しく、平野も小さく、時には大噴火や地震が起こり、時には台風や豪雨が襲って来る。空間的にも時間的にも常に激しく変動する過酷な環境の中で生活していくために、日本人という人種もまた、柔軟に、そして我慢強く、自然の流れに逆らわずに生きていくという性質を進化させて来たのかもしれない。こうした進化が、この春の大震災の後でも、被災者の多くが、むやみに大騒ぎをするのではなく、整然と秩序だった行動を示すという、世界の人たちを唸らせた日本人の「気質」に繋がっているのではないだろうか。そう、本来、我々日本人は、自然の恵みと猛威の両方と巧く付き合って生きてきた人種だったのである。今、日本の現代社会は様々な局面で危機に立たされているが、この日本人らしい生き方というものを、少し見直してみることが必要なのかも知れない。

 さて、ニホンミツバチは「やばくなったら逃げる」という性質も持っていると書いたが、そのぶん、気まぐれで、すぐに巣を離れていなくなるため、実は飼育がとても難しいという面もある。それゆえに飼いやすいセイヨウミツバチが養蜂の主流となっているのだが、今回四国で知り合った、ニホンミツバチを飼っているという地元の方は、その気まぐれさがニホンミツバチの良さだという。巣箱を仕掛けておいて、そこにニホンミツバチが自然に入って来るのを待つ。当然、年によって当たり外れもある。外れもあるから、当たりがでたときはとても嬉しい。何より、ニホンミツバチは自然の中を自由に飛び回り、季節ごとに咲く様々な野草の花から蜜を集めて来る。だから、巣によっても、年によっても蜂蜜の味が変わってくる。この自然の流れで造られる蜂蜜の味は、なにものにも代え難い、というのである。

 このニホンミツバチが様々な花から集めて出来た蜂蜜を「百花蜜」という。まさに「カツオのたたき」にならぶ生物多様性の恵み。筆者も早速、地元の食品店で、この「百花蜜」を購入して帰った。 

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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