エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

私がダニを愛したわけ

2011年07月29日

 このコラムでも度々ダニの話を書いて来たが、それもこれも筆者自身がダニ学者だからである。ダニ学なんてあるのか?と思われた読者は、過去のコラムを開いて見て欲しい。ダニ学が何たるかを、嫌と言うほど詳しく書いてあるので。そもそも、なぜダニ学者なんて目指そうと思ったのか、筆者がダニに取りつかれたわけを今回は書いてみたい。

 話は、大学生時代にまで遡る。今から、ン十年前、京都大学農学部の3年生だった自分は4年生の卒論のテーマを何にしようかと思案していた。もともと当時流行だったバイオテクノロジーに憧れて農学部に入ったので、やはり卒論もバイテク関係でいくか、と半ば適当に考えていたのだが、今ひとつ、研究に対する意欲というか、情熱が湧かない。本当はもっと面白いことがあるのではないか。そう思っていたとき、ついにダニに出会ってしまったのである。

 3年生の授業で実習というものがあり、専門講座の先生方が、自分の専門分野である研究テーマで学生に実際に実験や調査をさせてくれる。その実習で、「昆虫学研究室」の先生が、「ハダニの行動観察」という実験をして下さった。その実験内容とは、ハダニの交尾行動をひたすら観察するというものであった。

 ここで少しハダニの生態について詳しく解説しておく。ハダニとは、ダニの仲間で植物に寄生して生きる種類である(つまり葉ダニ)。植物の葉にとりついて、くちばしを葉っぱの正面に突き刺してその汁を吸う。ハダニに寄生された葉はみるみるうちに葉緑体などが喪失して、枯れてしまう。つまり植物にとってはとんでもない害虫であり、実際、農業の場面でも、農作物を食い荒らす(正確には吸い荒らす)嫌われ者の大害虫となる種も多い。農学部なので、こうした農業害虫こそ理想的な研究対象ともいえる。

 ハダニの生活史は、卵から始まり、孵化して幼虫となり、葉っぱの汁を吸い始める。そして幼虫が「静止期」という、昆虫でいうところの蛹(さなぎ)のような状態になり、脱皮して第一若虫となる。そしてまた餌を吸ったら静止期に入り、脱皮して、若虫になって、というのを繰り返して成虫になる。ハダニの多くは成長速度が速くて、卵から成虫になるまでに気温25度という環境ではわずか10日間しかかからない。1匹のメスが産む卵の数は100を超え、成長速度の速さとあいまって、集団の個体数はすぐに膨大な数になる。それゆえに害虫として厄介な存在となる。

 ハダニにもオスとメスがいて、交尾をして子供を残す。ただし、我々人間と違って、彼らは交尾しなくても子供を産める。オスの精子とメスの卵子が合体した受精卵は全てメスとなり、未受精卵が全てオスとなる。つまり、交尾できなかったメスは、オスばかりを産むことになる。染色体の構造にもオス、メス間で差があり、メスは、母親と父親から譲り受けた両方の染色体が合わさった2倍体であり、オスは母親から受け継いだ片方の染色体だけをもつ半数体となる。

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                                                      図1.ハダニの生活史

 我々人間とかなり違った生殖様式をもっているので、かなり違和感を覚える方も多いかもしれないが、節足動物ではこうした生殖様式はそれほど珍しくなく、クローン繁殖など、生殖様式にはかなりの多様性が存在する。ちなみにハダニと同じ繁殖様式をとる生物としてミツバチも挙げられる。

 ハダニの場合、成長速度が速いので、オスに出会えず、交尾しないまま、メス成虫が1匹だけで新しい葉っぱに乗っかったとしても、メスが産んだ未受精卵からオスが産まれて、そのオス=息子が成長したら、メスはその成長したオスと交尾して新しいメスを産むことができるのである。だからメス1匹からでもすぐに大集団を作ることができる。これもまた害虫として厄介な性質となる。

 さて、筆者が受けた実習では、このハダニの交尾行動を観察することがテーマだったのだが、この交尾行動に、実に面白い進化の現象がみてとれるのである。ハダニのメスはオスから精子を受け取ると、すぐには授精には使わず、体内の精子タンクに貯めておく。そして産卵するときに、この精子タンクの精子を使って授精して受精卵を産み落とす。この精子タンクには貯蔵量に限界があり、1回の交尾で満タンとなる。従って、2回目に別のオスと交尾してもその精子はメスの体内には残らない。

 ということは、オスにとっては、自分の精子=遺伝子を子孫に残すためには、未だ1回も交尾をしていない処女メスを見つけなくてはならない。しかし、雌成虫は外見上、処女かどうかは見分けがつかない。仕方がないからオスはとりあえずメスさえ見つければ交尾するしかない。しかし、これでは極めて効率が悪く、エネルギーの無駄遣いにもなる。

 そこでオスは、確実に処女メスを得るためにある行動を進化させている。それは、成虫になる一歩手前の静止期=蛹の時期にあるメスを見つけて、それが成虫になるまで待ち構えることである。オスはメスの蛹の上に乗っかって、メスが成虫になるのをじっと待っているのである。これを生物学用語でガーディング(囲い込み)という。そして、メスが脱皮を始めたら、オスは大あわてで皮を脱ぐのを手伝って、メスが成虫になるや否や交尾をするのである。そのときのオスのあわてぶりは大変なものである。なんせ早く交尾しないと、よそのオスに横取りされてしまうかもしれないのだから。

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      図2.静止期のメスに乗っかりガーディングするオス(電子顕微鏡写真)

 処女メスはどのオスにとっても重要なパートナーなので、当然オス同士で取り合いになることもある。蛹のメスに乗っかってオスがガーディングしている現場に別のオスが出来わしたら、即座にメスの奪い合いのけんかがおこる。そのけんかも半端じゃなくて、本来、植物の汁を吸うためのくちばしをぶつけ合い、しまいには相手の身体を刺して殺してしまうこともある。まさに命がけの恋愛ドラマである。

 そして、2匹のオスがけんかに夢中になっているときに、ひょこひょこよそからやって来て、「シメシメ・・・」と、取り合いになっているメスを横取りして交尾してしまう間男みたいなオスも登場する。まさに人間顔負けの、ドロドロの恋情ドラマ。

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                                  図3.処女メスをめぐってけんかするオス同士

 こうしたハダニの交尾行動を、顕微鏡で覗いて観察する、というのがこの実習の内容だったのである。ミクロな世界で繰り広げられるオスの交尾を巡る死闘をみた筆者は大変な衝撃を受け、「これこそがオスの本来の姿!」と感動して、そこからすっかりダニにはまってしまったのである・・・・こうしてダニ学者としての人生が始まった。 

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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