エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

止まらぬ外来種の侵入

2011年06月10日

 生物多様性条約は、外来種の拡大阻止に対する努力を加盟各国に求めており、昨年のCOP10においても、ポスト2010年目標として議決された「愛知ターゲット」のなかで、外来種対策は9番目の目標として掲げられている。いまや外来種問題は重要な地球環境問題であり、とにかく、すべての国がその対策に取り組まなくてはならない深刻な問題として位置づけられている。

 日本も生物多様性条約の議長国として、外来種対策を率先して実行しなければならないわけだが、実は日本はもともと外来種を検疫するシステムをいくつか持っていることは前回のコラムでも紹介した。とりわけ、農林病害虫に対する検疫システムである植物防疫は歴史も長く、ホワイトリスト方式という、世界的にも極めて厳格な規制を実行してきたシステムでもある。

 ホワイトリスト方式とは何か?ホワイトリストの対語としてブラックリストがある。まずブラックリスト方式の外来種規制の例から説明しよう。この方式は環境省の外来生物法があてはまる。外来生物法では、外来生物を審査して、生態影響があると判断されるものを「特定外来生物」に指定して、規制をかける。つまりこの「特定外来生物リスト」が「ブラックリスト」となる。悪いやつを指名手配犯としてブラックリストに載せ、監視する、というシステムになる (図1)。
 
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                                       図1. 外来生物法の規制システム

  このブラックリスト方式の最大の弱点は、リストに載っていないものは「推定無罪」となるということである。つまり「黒ではない」=「白」となるのである。日本には、これまでに確認されたものだけで2,000種以上の外来生物が存在するとされているが、特定外来生物に指定されているのはまだ100種以下。残りの1,900種以上は、事実上「無罪放免」状態にある。リストに入っていない種については、今のところは、「特定外来生物に指定するに足る科学的根拠が少ないので、科学的データの蓄積を待って・・・」という扱いになっている。まあ、人間の犯罪でいうところの「疑わしきは罰せず」というところである。もちろん生態リスクは本来、「予防原則」が鉄則であり、この理屈ではやはりリスク管理は到底貫徹できない。

 一方、ホワイトリスト方式という真逆のシステムをとってきたのが植物防疫法である。この方式では、原則すべての昆虫・節足動物が輸入禁止となる。昆虫類の中で、確実に「安全」と認められる種のみが「安全リスト」=「ホワイトリスト」に載せられ、輸入が許可される(図2)。こちらは「疑わしきはすべて有罪」。外来生物法よりも断然厳しい。輸入農作物が莫大なこの国において、すべての外来病害虫をチェックすることは事実上不可能だとしても、サンプルチェックの段階で、1匹でも害虫がついていれば、同じコンテナで輸送されて来た輸入農産物はすべて廃棄処分となる。輸出国にしてみれば、相当厄介な規制システムと言える。そして、この国の農業は、この植物防疫法によって外来病害虫から長らく守られて来た。農業だけでなく、クワガタのような森林昆虫も規制をかけることで、森の生態系も守って来たと言ってよい。
 
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                                     図2. 植物防疫法の規制システム

  ところが、近年、この鉄壁の植物防疫法ですら、グローバリゼーションという大津波に突破されようとしている。その顕著な事例が、実は筆者の専門分野であ る、ダニの世界で起こった。植物に寄生するハダニ類は、農林害虫も数多く含むので、当然、植物防疫法では外国産のハダニ類は原則輸入禁止とされていた。だから筆者のようなダニ学者でも海外のハダニを輸入して実験しようと思ったら、二重扉にエアーカーテンがついている厳重に密閉された実験室を用意して農水省 の植物防疫課に申請して厳重な審査を受けた上で、許可を取らなくてはならなかった。

 事態が急変したのは2004年のことだった。アメリ カから輸入されたリンゴにナミハダニというハダニの1種が寄生していたということで、日本が輸入を拒否した。これに対してアメリカが猛反発して、WTOに訴えたのである。前回のコラムでも紹介したがWTOとは自由貿易を促進し、貿易に関する裁判を行う国際機関である。アメリカは、「日本国内にも既にナミハダニが生息しているにも関わらず、ナミハダニを植物防疫で規制するのは、自由貿易の協定違反である!」と主張して、日本を相手取って訴訟を起こしたのである。

 確かにナミハダニは世界的に広く分布する種であり、日本国内にもナミハダニは生息しており、様々な農作物に対し大きな被害をもたらしている。しかし、日本のナミハダニと海外のナミハダニは、DNAを調べるとその遺伝子組成が全く異なっていることが示される。また、農薬に対する感受性 (効きやすさ)にも大きな差が存在することも確認されている。つまり形は同じナミハダニという種でも、生息している地域によって遺伝子の違いもあれば、性質の違いもある。ナミハダニという生物種にも多様性と地域固有性が存在するのである。そう考えれば、外国産のナミハダニの輸入を規制するのは生物学的には妥当な判断だと言える。

 しかし、WTOの判断は違っていた。「日本がナミハダニを規制する科学的根拠は希薄であり、WTOのSPS協定に違反する」と判断され、日本にナミハダニの規制を直ちに撤廃するよう判決が言い渡された(図3)。この判決をもって、日本は海外のナミハダニを自由に輸 入して良いこととなった。このニュースは、当時の新聞でもごく小さな記事としてしか紹介されなかったが、ダニ学者の自分にとっては衝撃的な事件であったこ とを覚えている。このナミハダニの規制撤廃を皮切りに同じ2005年度だけで、42種もの病害虫が検疫対象種から外された。

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                                       図3. ナミハダニ輸入自由化の流れ

  その後も、植物防疫法では、次々に検疫対象から外される種が増え続けている。そして昨年、植物防疫法をブラックリスト方式に変更する改正案が提示され、パブリックコメントの募集がインターネットを通じて行われた。もはや、農業害虫には、地域固有性の概念もなければ国境線すらも存在しない時代となった。害虫 だけでなく、クワガタムシのようなペット昆虫の輸入自由化も、同じ背景で起こったと考えられる。このエピソードを通じて、グローバリゼーションという言葉 の前には、生物多様性も木っ端みじんになってしまう、ことを知った。

 おかげで我々、日本のダニ学者も海外のダニを輸入して研究しやすくなった・・・

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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