エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

外来種は食い止められるのか?

2011年05月06日

 名古屋でのCOP10が終わってから、半年近くの時間が過ぎ去ってしまったが、正直なところ、日本国内では、生物多様性という言葉を耳にする機会が日に日に減っている感は否めない。しかし、生物多様性条約の国際会議はこれで終わり、というわけではなく、来年にはCOP11のインドでの開催が控えており、世界各国がCOP10で決まった、生物多様性保全のための様々な目標に対して取組みを進めている。COPはお祭りすることが目的ではなく、確実に国際的な目標を押し進めることに重要な意味を持つ。我々生態学者も、せっかく根付き始めた「生物多様性」という言葉とその意味が、忘れられないように、日々普及啓発に務める必要がある。

 

 筆者が専門とする外来種問題についても、COP10以降、国際的な取組みは進められている。2月にもスイスのジュネーブで、生物多様性条約事務局による外来種専門家会合が開催され、筆者も招へいされて出席した。COP10で決議された愛知目標(生物多様性を保全するための20の目標)の中にも、9番目の目標として、「2020年までに有害な外来種が完全にコントロールされ、これ以上外来種が増えないように対策をとる」ことが挙げられており、さらに国際的な協力体制の必要性も本会議で提案されている。こうした背景から専門家たちが集まり、今後の外来種対策の具体的な課題と解決の方法を定期的に話し合うこととなったのである。
 
kaigi.jpg
 スイス・ジュネーブでの外来種専門家会合の様子

machi.jpg
 ジュネーブはレマン湖のほとりの美しい街

 政策を話し合う国際会議なんて滅多に出たことのない筆者にとって、超高速で交わされる極めて専門的な会話についていくのもやっとで、次々に出て来る聞き慣れないキーワードをその場でネットで検索しながら、会議に参加するというなんともお粗末な状況だったのだが、それでも、外来種をとりまく国際的な環境というものが、少なからず見えてきた。

 世界各国には、外来種を国内に入れないための検疫の法律やシステムが存在している。日本でも、植物に有害な病原菌や害虫を検査するための植物防疫法や、家畜にかかる病気等を管理する家畜伝染病予防法(農林水産省)、人間にかかる感染症の侵入を防ぐための感染症法(厚生労働省)、そして、生態系に悪影響をおよぼす外来種を規制する外来生物法(環境省)と、いくつもの法律の網がかかっており、これ以上外来種を増やさないためのシステムが整えられている。
 しかし、これだけ厳しい法律がいくつもあって、検疫が行われていても、日本国内に持ち込まれる外来種の数は減らない。その理由として、まず輸入品の数が多すぎて検疫が追いつかないということが挙げられる。日本は資源の乏しい国であり、農産物や木材、石油等の天然資源の多くを海外に頼らざるを得ない。毎日、巨大なタンカーや貨物機で運ばれて来る膨大な輸入資材全てに目を光らせることなど不可能である。

 そして、もうひとつ重要な理由として、世界貿易機関(WTO)の存在が挙げられる。WTOとは、国際貿易の促進を図ることを主目的とした国際機関で、貿易に関する国際紛争の処理をする国際裁判所の役割を果たしている。153の国と団体が加盟しており、経済大国であり、貿易大国である日本も当然加盟している。そして、このWTOは実は加盟国の検疫体制にも影響力を持つのである。
 WTOに加盟している国にはSPS協定というものが適用される。SPS協定とは「衛生植物検疫措置の適用に関する協定」の略で、加盟国が植物検疫や動物検疫、外来種規制などの措置を取るにあたって、事前にWTOを通じて、加盟国全てに通報しなくてはならない、という取り決めである。何だか、政治的でややこしい話に聞こえるが、具体例をあげて説明してみよう。

 ある国が日本に動物を輸出しようとしていたとする。その動物をここで仮にアライグマとしよう。日本には外来生物法という法律で外来生物の輸入は管理されており、この法律で有害と判断される生物は輸入できない。アライグマも当然有害な動物なので、外来生物法によって輸入は禁止される。ところが、WTOに加盟している場合、日本は、このアライグマの輸入規制を予め、WTOに加盟している全ての国に通知しておかなくてはならない。通知を受けた全ての加盟国から同意が得られて初めて、日本のアライグマ輸入規制は国際的に認可されたことになる。
 ところが、もし、輸出しようとしている国から「規制反対!」の意見が出れば、WTOで裁判となる。日本は、輸入規制の正当性を科学的データによって示さなくてはならない。ここで重要なのは、この科学データはあくまでも国際誌に掲載された論文のように国際的に認知されたものではなくてはならない、ということである。もし、科学データの信用性が認められず、裁判に負けたら、日本は一転してアライグマの輸入を自由化しなくてはならない。
 
WTO1.jpg        

         日本がある動物の輸入を国内法によって規制しようとした場合、
         WTOを通じて加盟各国に事前通報しなくてはならない。

WTO2.jpg
 
       もし輸出国が、日本の輸入規制に反対してWTOで裁判が行われ、さらに
      
 日本が敗訴したら、輸入規制は撤廃され、動物の輸入は自由となる。

 これがWTOのシステムである。先に述べたスイスでの外来種専門家会合でも、常にこのWTO-SPS協定が話題として上がっていた。つまり外来種の規制をする前提に、WTOというまさに自由貿易の象徴と折り合いを付けなくてはならない、という関門が存在するのである。そして、容易に想像できることであるが、自由貿易の論理から、こうした「貿易摩擦」では経済的に強い国や、輸出大国の発言権が強く、日本のように輸入に頼り切っている国は、かなり弱い立場に立たされるであろうということである。

 まさか、外来種なんて国際的にも認知された「環境問題」がそんな自由貿易の都合で、意図的に輸入されるような事態になるとは、なかなか想像できないかもしれないが、実際には、そうした国際圧力はすでに目に見える形で、特にこの10年間に日本の生物多様性に影響を及ぼしてきている。それが外来種が増え続けている、という現実と結びついているのである。果たして、日本は、世界は、愛知目標を達成することはできるのであろうか。。。

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

エコらむカテゴリー

2016 愛知環境賞

第75回 中日農業賞

地球のいのち、つないでいこう

中日スポーツ 東京中日スポーツ 中日新聞フォトサービス 東京中日スポーツ 記事全文へ バックナンバー一覧 記事全文へ 一覧 一覧 一覧 一覧 一覧 一覧