エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

両生類箱舟計画

2011年02月08日

   世界中で両生類が急速に減っていることが問題になっていることは、以前このコラムで紹介した。確かに、自分の身近な自然を振り返ってみても、子供の頃には、田んぼの脇を歩けばカエルなんていくらでも見かけることができたし、捕まえて遊びの材料にもしていた(ここでは書けないくらいひどい虐待をしたこともある・・・)。ところが最近では、カエルが全然いない水田もめずらしくない。カエルの鳴き声も随分減った気がする。

viva1.JPG     オセアニアに棲むイエアメガエル。この種もまたカエルツボカビ菌の脅威に
   さらされているという。そのつぶらな瞳の先に、どんな未来を見ているのか・・・

 実際に国連の中のIUCN(国際自然保護連合)という機関による調査でも、世界全体の両生類の30%が絶滅の危機にあるという結果が出ている。カエルたちが減っている理由として、生息地の破壊、水質や土壌の汚染、乱獲、外来種、温暖化、そしてカエルツボカビという感染症の蔓延などが挙げられている。いずれも人間活動の結果と言っていい。恐竜が誕生する以前よりこの地上に現れ、数億年という長い時間、進化を続けながら生きながらえて来た生物群をわずか100年というタイムスケールで絶滅の危機に立たせようとしている人間とは、生物多様性にとって本当に脅威的な存在だと言っていい。

 この両生類の危機に対して、今、欧米の両生類学者を中心に、ある壮大な救済計画が立てられている。それが「両生類箱舟計画(Amphibian Ark Project)」である。この計画は世界中で絶滅の危機に陥っているカエルやイモリを採集して、動物園や研究機関などで飼育することで「種の存続」を図ろうというものである。まさに旧約聖書に出て来た「ノアの箱舟」の両生類版である。
 計画だけ聞くと、何とも滑稽に思われる方もいらっしゃるかと思うが、こうした箱舟計画はこれまで他の生き物でもなかったわけではなく、日本でも代表的な例として、トキの繁殖がある。戦後急速に数が減ったトキという種を保存すべく、佐渡島に最後に生き残っていたわずかな個体をすべて採集して、保護施設で飼育し、繁殖を試みた。結果的には繁殖には失敗して、2003年に最後のトキ「きん」が死亡して、日本のトキは絶滅した。現在、トキの繁殖センターで飼育されているのは中国から購入した中国産トキであり、最近、よくニュースにもなっているトキの放鳥事業でも、放鳥されているのは中国産のトキである。

 このような生物の箱舟は、科学的には「生物の域外保存」という。絶滅に瀕した生物を保護する一つの手段として位置づけられている。この手段が果たして、生物多様性保全の観点から正しいことなのか否か、実のところ現在も研究者の間では議論が続いている。特定の生物種だけ保護していいのか?保護した生物種を増やしたとして、人が飼育した個体を野外に放すことは問題ないのか?野外に放すとして、どこに放すのか?もちろん、生物多様性保全の本来の意義からすれば、絶滅に瀕した生物種の絶滅要因をその生息環境から取り除き、生息環境ごと生物種の集団を修復することがもっとも正しい手段であるが、先ほどのトキの例のように、手遅れになると、種の集団そのものを復活させることができなくなる。今のところ、緊急手段として、この「箱舟」以外、頼れる方法がないのである。

 両生類の箱舟計画も、中南米やオーストラリアでカエルツボカビ症が蔓延したとき、貴重な地域固有の種が次々と絶滅したことがきっかけとなって始まった。この病原菌からカエルたちを守るために、欧米の両生類学者たちが立ち上がり、生き残った個体を捕獲してシェルターに避難させるという計画を立てたのである。そして、この活動に日本も参加することとなった。計画の主体であるIUCNよりディレクターのケビン・ジッペル博士とケビン・ジョンソン博士が来日し、広島で専門家が集まり、日本の両生類の箱舟計画について話し合う会議がこの1月に開催された。そして筆者も検討委員として本会議に参加した。

viva2.jpg          両生類箱船計画の検討会場風景 

 この会議で、日本の両生類のどの種が絶滅の危険性が高く、箱舟に乗せるべきか、飼育繁殖は可能か、生息地の修復は可能か、などが話し合われた。両生類の保護に順番をつけること自体にも問題がない訳ではなく、IUCNが準備した保護の順位付けのためのマニュアルについても喧々諤々の議論が繰り返された。野外で集団が減少しているという条件だけでなく、その種が文化的、経済的に重要か、教育的価値を備えているかなど、いわば「人間様」の都合も順位付けに加味される。これは生物学者の好みで随分判定が変わりそうな話でもある。生物多様性の構成要素として、どんな生物種だって重要な役割を担っていて、かけがえのない存在である。自分たちの好みで保護の順番をつけるなんて行為は、学者でなくたって疑問に感じるに違いない。しかし、すべての両生類を守ることは物理的に不可能であり、なんらかの優先順位をつけないわけにもいかない。たかがカエルの会議と、最初はたかをくくって参加したが、実際にはいろいろと考えさせられる重要な会議となった。

 方法としてはまだ多くの議論を要する計画ではあるが、極めてチャレンジングな計画でもある。いずれこうした箱舟計画は、他の生物種でも考えなくてはならない日が来るであろう。その日に備えて、カエルたちの箱舟の試験航海が始まった。聖書の中の箱舟は、地上で堕落した人間たちを一掃するために神様が起こした洪水から、地球上の生物種を守るために作られた。現代の箱舟は、人間が作り出した環境破壊という洪水から生物種を守るために作られようとしている。この洪水に終わりがくるのか、いつ終わるのか、箱舟に乗せられたカエルたちは知る由もない。


 

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

エコらむカテゴリー

2016 愛知環境賞

第75回 中日農業賞

地球のいのち、つないでいこう

中日スポーツ 東京中日スポーツ 中日新聞フォトサービス 東京中日スポーツ 記事全文へ バックナンバー一覧 記事全文へ 一覧 一覧 一覧 一覧 一覧 一覧