エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

ヒアリに刺されて。。。

2010年10月16日

 前回のコラムで、アルゼンチンアリという外来アリが日本に侵入して問題となっていることを紹介した。今月は、また「アリ」ネタで、同じく外来アリの1種を紹介しようと思う。その名も「火蟻(ヒアリ)」、英語でFire ant(ファイァー・アント)と呼ばれるアリである。このアリは南米原産で、外来アリとして世界各地で問題となっている。アルゼンチンアリ同様に、侵入地域で巨大なスーパーコロニーを形成し、他のアリ類や昆虫を蹴散らして資源を独占してしまう。まさに生物多様性の破壊者である。

 

 

 

しかし、このアリの一番の問題は、極めて強い 毒針をお尻に持っていて、人間を含めた様々な動物に対して、攻撃をしかけて、刺傷(ししょう)被害をもたらすことである。体長がわずか数ミリしかないの に、その毒性は極めて高く、さらに集団で襲ってくるので、被害はさらに大きなものとなる。北アメリカではヒアリがかなり広く分布しており、毎年8万人近い 人がこのアリに刺され、特にアレルギー体質の人は重症となり、毎年100人近い人が死亡していると報告されている。恐るべき殺人アリ。

 

 

hiari1.jpgのサムネール画像

ヒアリのCG(筆者描画)

 

 

ヒアリは、まだ日本には侵入していないが、既に、中国南部や台湾にも侵入して被害をもたらしており、日本に上陸するのも時間の問題ではないかと心配されて いる。我々研究チームもヒアリの侵入に備えるために、このアリの性質や侵入ルートの調査を進めている。北アメリカにおける侵入状況と防除の実態を調べるた めに、フロリダ地方にも渡ったことがある。そしてそのとき、私は身の毛もよだつ体験をしたのである。。。

 

  フロリダ地方では古くからヒアリが侵入して定着しており、その生態や防除手法に関する研究を実施しているアメリカ農務省USDAの研究機関を、我々は一昨 年の夏に尋ねた。そこで働くアリ研究者のポーター博士が我々を迎えてくれて、周辺のヒアリの巣場所を案内してくれた。ヒアリの蟻塚は、公園や道路脇等、随 所に見られ、この地域がひどくこの外来アリに浸食されていることが実感できた。アリ塚に、少しでも足を乗せようものなら、すごい勢いで働きアリが群がって 襲って来る。これでは、安心して公園で遊ぶことも出来ない。一番驚いたのは、ビーチの砂浜にまでこのアリが闊歩していることだった。そんな砂浜で、平然と ビーチバレーを楽しむアメリカ人たちを見て、アメリカの人はもはや、このアリの存在を受け入れてしまっているのだろうかと、不思議に思えた。

 

hiari2.jpgのサムネール画像


  ヒアリのアリ塚

 

  さて、そんなヒアリを怖々と遠目に観察している当方を見て、ポーター博士が、「私は、このアリに何回も刺されてるが平気だから、今からいい写真を撮らせて やる。この巣に手を3秒間だけ突っ込むぞ。そしたらヒアリがものすごい勢いで私の手に這い上がって来るから、その瞬間を撮れ。」と言って来たので、早速カ メラを構えた。言った通りにポーター博士が手を巣穴に突っ込むと、ヒアリがワッと彼の手を駆け上がってきた。「すごい!」興奮して、シャッターを切る私。 そして、ポーターは「1、2、3(ワンツースリー)!」と叫んで、手を巣から抜いて、勢い良く手のひらのアリを振り払った。次の瞬間、振り払われたアリ が、カメラを覗いている当方に正面からふりかかってきた。。。「え。。。?」あまりに唐突に起こった異常事態にしばらく身動きが取れなかった私は、あっと いう間にヒアリに何カ所も刺されてしまった。。。

 

 

hiari3.jpgのサムネール画像

          

  巣穴に突っ込んだポーター博士の手に群がるヒアリ(1秒後)。

  この2秒後に、恐怖が筆者を襲うことになる。

 

  刺された瞬間は、激痛が走り、続いて激しいかゆみが腕一面に襲ってきた。これがヒアリの毒か!私は、この時点で相当に青ざめてしまった。というのも、私の 友人で同じくこのアリを調査していた研究者が、かつて台湾でこのヒアリにたった2カ所刺されただけで、20分もしないうちに発熱、動悸等の異常が体を襲 い、そのまま病院に担ぎ込まれたことがあるのを聞いていたからである。急いで自分が刺された箇所を確認すると2カ所どころか、最低でも10カ所は刺されて いる。これで、自分ももうお陀仏か!?恐怖で心臓が高鳴った。。

 

  で。。。その夜、何事もなかったようにビールを飲んでいる自分がいた。結局、私自身は体質的にヒアリの毒は何ともないようであった。あのときの恐怖が嘘み たいに陽気にはしゃぐ自分。「いやぁ、これはネタになるね。ハハハ!」今更ながら、本当に調子のいい人間だと自分でも思う。しかし、そのあと刺し傷は1ヶ 月近くも残り、ずっとかゆみも続いた。やはり相当に毒性は強いと言える。またアリの毒はハチの毒と同じで、1度刺されると体内に抗体が作られるので、2回 目以降は、ショック症状を示す危険性が高くなる。その意味では、自分自身、より危険な体質になったと考えなくてはならない。

 

  こんなアリが、もし、日本に上陸したら、安心して地べたに座ってお花見するなんてことも出来なくなるかもしれない。考えてみれば、何も考えずに草原で横に なって自然を楽しむことが出来る国は日本ぐらいである。どこの国にも、たいがい恐ろしい有毒生物が地面や草の上を這っている。我々生物学者でも外国の野外 で調査する時は、油断が出来ない。この安全で優しい自然も、島国ならではの日本独自の固有性と言っていい。今、この優しい自然が外来種によって変貌しよう としている。

 

hiari4.jpgのサムネール画像

                          

  フロリダのビーチでのヒアリ採集風景。

  こんな美しい白砂のビーチにまでヒアリは進出していた。

 

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

エコらむカテゴリー

2016 愛知環境賞

第75回 中日農業賞

地球のいのち、つないでいこう

中日スポーツ 東京中日スポーツ 中日新聞フォトサービス 東京中日スポーツ 記事全文へ バックナンバー一覧 記事全文へ 一覧 一覧 一覧 一覧 一覧 一覧