エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

外来アリの仁義なき戦い

2010年10月10日

 この原稿を書く3日前まで、アメリカにアリの外来種の調査に行っていた。アメリカ東南部のダーラムという街と、西海岸のサンディエゴである。この二つの地域にはびこっているのがアルゼンチンアリという南米原産の外来アリである。実はこのアリは、日本にも既に侵入していて、広島や神戸、静岡、横浜などの港町を中心に侵略地域を拡大しつつある。港町から侵入が始まっていることからも、このアリが、船舶で運ばれる物資にくっついて運ばれて来たことが伺える。


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アルゼンチンアリ (杉山隆博士提供)

 このように、意図せずして人やモノの移動に伴って運ばれる外来生物を「非意図的外来生物」という。アルゼンチンアリ同様に最近、日本で急速に分布を拡大しつつあるセアカゴケグモなんかも、この非意図的外来生物にあてはまる。一方、クワガタムシのようにペット目的で導入された外来生物や、オオクチバスのように食用目的で導入された外来生物は、人間が目的を持って意図的に導入した外来生物で「意図的外来生物」という。

 意図的外来生物は人間が導入するのをやめれば、事前にリスクを回避することが可能であるが、非意図的外来生物の方は知らず知らずに侵入してくるので、コントロールが大変難しい。輸入物資の検疫を強化する以外に手だてはないが、世界貿易の自由化が進む中、人とモノの移動量はますます膨大なものとなっており、検疫そのものが追いつかない。特に輸入大国である日本では、今後、こうした非意図的外来生物はさらに増加する恐れが高い。

 ところで、このアルゼンチンアリは、世界中に広がっていて、その侵入の歴史は1800年代から始まっていたらしく、外来昆虫としては、歴史の古い部類に入る。1800年代から1900年代初頭にかけては、北米やヨーロッパ等のおもに大西洋沿岸地域で分布を拡大し、その後、1900年代から現在に至るまでに、オーストラリアや日本等の太平洋沿岸地域に分布を拡大している。こうした分布拡大の経緯から、このアリが人間の航路開拓の歴史に沿って、新天地を開拓していったことが推測される。

 1800年代は、ヨーロッパ諸国による南米地域の統治・開発が進められ、コーヒー等の商品作物の輸送が大西洋航路によって活発に行われていた。恐らく、このときアルゼンチンアリは南米からヨーロッパ諸国への侵入を果たしたと考えられる。そして1900年代に入って、パナマ運河の開通に伴い、太平洋航路が開拓され、さらに高速輸送船の登場に伴って、大量の物資が中南米や北米から太平洋沿岸諸国に輸送されるようになり、アルゼンチンアリもこれらの地域に分布を広げたと考えられる。

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推定されるアルゼンチンアリの世界進出ルート(国立環境研・井上真紀博士作図)

 このアリが、世界的に分布を広げることに成功した理由の一つとして、スーパーコロニーという、巨大な巣の複合体をつくる性質があげられる。通常、アリという昆虫は、1匹の女王アリとその娘たちである働きアリによってひとつの巣が構成されており、血縁関係にもとづく強力な社会性が維持されている。そして、たとえ同じ種のアリ同士でも、血が異なる巣の個体どうしがはち遭うと激しい敵対行動を示す。つまり家族間の競争が極めて激しい昆虫なのである。

 ところが、アルゼンチンアリの場合、なぜか、異なる巣の間でも働きアリどうしは喧嘩をしないで、自由に複数の巣を出入りして、事実上、多数の女王からなる大家族を形成する。特に、侵入地域でこのスーパーコロニーが巨大化する傾向がある。巨大スーパーコロニーは働きアリの数の上でも、自然に分布する在来アリ類を圧倒し、それらを排除して、生活の場を独占してしまう。

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普通のアリのコロニー(巣)の構造(上)と、
アルゼンチンアリのスーパーコロニー
の構造(下)

 日本では広島県で1993年に確認されているが、そのとき既に町全体に分布が広がっていたことから、それ以前から侵入が始まっていたと考えられる。日本国内においてもスーパーコロニーが形成されており、侵入地域では日本のアリがほとんど見られなくなっている。

 一方、スーパーコロニーは全てが同じコロニーではないらしく、異なる地域のスーパーコロニー間では、闘争関係が見られる。一応、大家族どうしは仲が悪いらしいのだ。我々研究チームは、このアリが、どこから侵入して来たのか、その履歴を探るべく、遺伝子DNAによる追跡調査を行っている。今回、アメリカにこのアリを採集に出かけたのも、この調査のためであった。

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日本におけるアルゼンチンアリの生息確認地点(Google Mapより作図)

 これまでの調査結果から、驚くべきことに、世界に広く分布しているアルゼンチンアリは、わずか一桁ほどの数のスーパーコロニーで占められていることが明らかとなっている。つまり、まるでマフィアのファミリーのように、世界中に共通の家族がなわばりを持っているのだ。このことは、このアリの少数のコロニーが人の手によって、世界に点々と持ち運ばれたことを指し示している。だから彼らはどこへ連れて行かれても、そこに共通の家族がいればすんなり受け入れられて、さらに巨大なコロニーを形成することができる。

 わずか数家族のアルゼンチンアリが世界を征服しようとしている。これはまさにアリの世界の生物多様性を大きく減少させる重大な事態と言っていい。今、この外来アリ・マフィアは、日本も領地にしようとしている。

 ところで、このアリ・マフィアも、ファミリーが違うと、大変仲が悪いと先ほど書いた。我々が調査したところ、神戸港の限られた地域にもこのアリは定着しているのだが、大変興味深いことに、この狭いエリアに、アルゼンチンアリの「ファミリー」が4つも乱立して、抗争を繰り返しているのである。まさにアリの「仁義なき戦い」が日本の港町で繰り広げられているのである。まるで任侠映画そのもの・・・。このことは、神戸港が世界貿易のハブ港として、いかに多くの国から集中的に物資が持ち込まれているかを指し示してもいる。

 このような狭いエリアでの外来アリの領地争い状況は世界的に見ても珍しく、我々は現在、このファミリー間の力関係がどのように推移するのかを注意深く見守っている。いずれ、一つのファミリーが他のファミリーを蹴散らすのか?それともお互いに交じり合って、新しいファミリーを結成するのか?そこには、この外来アリが侵入地域で巨大スーパーコロニーを形成する、メカニズム解明の鍵があるかも知れない。

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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