エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

ラテンダンス

2010年09月10日

 この原稿を書いている今、ブラジルに来ている。レシフェという町で開催されている『国際ダニ学会』に参加するためである。以前にも書いたが、筆者自身は「ダニ学」を専攻するダニ学者なのである。そして、この国際学会には世界中のダニ学者、約400人が集結している。さまざまな国籍のダニ大好き人間が集まって、朝から晩まで、ダニ談義を楽しそうに交わしている様は、恐らく、普通の人たちには異様に映るに違いない。

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 国際ダニ学会のポスター会場にて。筆者のダニの絵は、ここでは大人気である。
 
 そもそもダニ学とは何を研究する学問なのか、不思議に思う人も多いと思うが、ダニも立派な動物であり、その種数も、昆虫類に匹敵するのではないかと言われるほど、多様性にも富んでいる。研究することは山ほどある。ダニの新種を見つけて記載する分類学、ダニが、何を食べているのか、どのように一生を終えるのかなどを調べる生態学、ダニがどのような行動パターンをとるのかを調べる行動学、ダニが世界中のどこに分布しているのかを調べる生物地理学、ダニの進化の歴史を調べる進化学、などなど、基礎的な分野から、ダニが害虫として人間や農業に及ぼす影響を調べる害虫学、そういうダニを退治するための薬を開発する薬学など、応用的な分野まで実に幅広くダニは研究されている。
 
 そして、今回の国際学会で、筆者は、ダニの多様性に関する発表を3題行った。最近では、ダニ学においても生物多様性の重要性が唱われており、まじめにダニの種の多様性やその保全について議論が行われている。小さな生き物ではあるが、地球上のあらゆる地域や環境に生息するダニは、重要な生態的機能を担っており、その多様性の実態把握は、立派な環境研究といえるのである。
 
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 世界中のダニ学者たちが集まった発表会場
 
 ところで、この大会期間中にパーティが開かれた。ディナーを食べながら、研究の話でさまざまな国の研究者と盛り上がっているうちに、ダンスタイムとなった。ブラジルの研究者に誘われて筆者もダンスに参加したのであるが、ブラジルなので当然、ダンスはラテンダンス。地元の人のステップの軽快さにはとてもついて行けず、途中でギブアップして椅子に戻った。よく見てみると、地元の研究者たちは老若男女を問わず、みな、華麗なラテンダンスを踊っている。おそらく地元の人たちにとって、ラテンダンスは日常の嗜(たしな)みになっているのだろうと思えた。それじゃあ、日本からのこのこやってきた人間が見よう見まねでステップを踏んだところで、ついていけないのは当たり前だと思った。
 
 しかし、そのとき考えた。では、我々日本人が日本人として当たり前に何ができるのだろうか?日本独特の文化を、嗜みとして何か身に付けているのか?少なくとも、自分自身にはそのような「文化」は、何も身に付けていない。外国の人に見せびらかすことができない。おそらく多くの日本人が、このブラジルの人たちみたいに、何か共通の、嗜みとしての日本文化を持ち合わせてはいないだろう。いや、本来ならば、華道、書道、茶道など、日本固有の嗜みを、それなりに日本人は持ち合わせていたはず。しかし、現代の日本人において、そうした嗜みは、既に昔の遺物と化している。これは、文化の固有性の喪失を意味している。
 
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 国際ダニ学会のポスター
 
 多様性とは固有性の総体のことである。生物多様性も単純に世界中で生物の種数が多いことを意味するのではなく、地域ごとに異なる環境で進化してきた遺伝子および種が、地域固有の生態系を形成している様を表す。それは人間の文化や社会にも当てはまる。地域固有の文化や社会が存在することで、人間社会にも多様性が存在する。地域固有性を失い、どこを切っても同じ顔の金太郎飴のように、世界中の文化や社会が平面的になったら、とたんに人間社会は柔軟性と抵抗性を失うことになる。それは、アメリカで起きたリーマンショックによって、世界全体の経済が一度に傾いたことでも我々は経験済みのはずだ。
 
 情報と流通の高速化により、世界が狭く、小さくなりつつある現代では、地域の固有性は、とてももろい存在となっている。生物の固有性も、文化の固有性も、あえて守ろうとしなければ、簡単に喪失してしまうことだろう。今の日本は、特に固有性の喪失が著しい気がする。すでに、自分自身も、日本人としての固有性を失いつつある。英語が下手だということを除いては。。。

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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