エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

寄生生物が男と女を生んだ?

2010年08月10日

 地球上には、たくさんの生物種が生息しているが、それぞれの種は、他の種と無関係に独立して生きているわけではなく、全ての種は、必ず他の生物種と何らかの関係をもって、生きている。我々人間も、いろいろな生き物を食べ物として利用しているし、生態系が作り出す酸素や水を利用して生きている。逆に、蚊やダニなどは我々人間の血を吸って生きていて、この場合、我々の方が他の生物に利用されていることになる。

 

 このように生物種どうしの間には「食う食われるの関係」や「たかるたかられるの関係」などの関係性があり、これを「生物間相互作用」と言う。この生物間相互作用は、遺伝子や種の多様性を生み出す、強 い原動力となる。例えば、肉食動物に食べられる草食動物は、可能な限り、「食べられないように」様々な防御のための形質を変化させる。肉食動物に追いつかれないために俊足な足を得たシマウマ、天敵に見つからないように羽の模様を枯れ葉そっくりに進化させたチョウ、あるいは、自らの身体の表面に有毒成分を塗 り固めたイモリなど、「食べる=捕食」というプレッシャーは、食べられる側の生物に様々な進化をもたらす。当然、こうした餌生物の進化に対して、肉食動物 も負けじと、発見効率を高めたり、待ち伏せの手段を発達させたり、解毒能力を身につけたりと、進化する。

 

 自らが移動することができない植物は、その花粉を効率的に同種の花に運ぶために、花蜜という「美味しい餌」と花びらという目印によって運び屋の昆虫をおびき寄せるように進化し、昆虫もその花の形や開花時期に合わせて自らの形態や生活サイクルを特化させて進化してきた。

 

 このように生物種どうしが相互に依存しながら、あるいは敵対しながら、共に進化していく現象を共進化という。共進化によって地球上の生物多様性はより複雑で高度なものとなった。

 

  こうした共進化のなかでも、もっとも熾烈なものが、病原体と病原体に寄生される宿主(ホスト)生物の間で繰り広げられてきた共進化であった。病原体となる 寄生生物に狙われるようになってから宿主生物は、様々な免疫機構を身につけて、病原体に対抗するよう進化してきた。我々人間自身も、複雑な免疫システムに よって身を守り、健康に生活することができるのだが、これは長年の病原体との闘いの中で獲得した遺伝的形質なのである。しかし、病原体もまた、自らの繁栄をかけて、こうした免疫機構を突破できるように進化を続けている。

 

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 大型の動物から見れば、ダニは、実に小さなとるに足らない存在に映るであろう。しかし、その
進化の歴史において多くの動物を震え上がらせ、進化に駆り立てたのは、ダニをはじめとする
寄生生物とそれが媒介する病原体であった。

 

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  実は、この病原体との共進化が、「男と女」を生み出したのではないかと考えられている。人間を含めて多くの動物や植物が、男と女、すなわちオスとメスが交わることで子孫を残すという生殖様式=有性生殖を行う。これは、オスとメスの間で遺伝子の交換をして遺伝子の多様性を維持するために進化したシステムと考えられているが、その進化の背景には、病原体との共進化があったという説である。

 

  ウィルスや細菌、菌などの寄生生物は、宿主となる生物からエネルギーを吸い取り増殖しようとする。当然、宿主となる生物も負けじと免疫システムを発達させて、寄生生物の増殖を抑えようと進化する。すると、今度は寄生生物が負けじと、宿主に対する攻撃方法を変更して免疫システムを突破するように進化する。こ うして、宿主生物と寄生生物の間で果てしない「軍拡競争」による共進化が繰り返されることになる。ところが、宿主生物と寄生生物では、寿命が全く異なり、 進化速度にも差が生じる。寿命が極端に短くて、世代交代の速度が非常に速い寄生生物のほうが、進化速度も速いため、どんどん新しい攻撃法を生み出してく る。それに対して宿主となる生物の方は寿命が長く、進化速度が遅いため、次々に襲って来る寄生生物の新しい攻撃方法に対処しきれなくなる。そこで編み出さ れたのが、異なる個体同士が遺伝子を交換して新しい遺伝子のセットを効率よく作り出すという有性生殖だったと考えられている。

 

  もともと、生物が増えるときには、メスがメスを生むクローン繁殖がもっとも効率的である。それをわざわざオスとメスという二つの性を用意して、交配しない と子供が産めないという、非効率な方式を、多くの生物が採用しているわけについては生物学の世界では大きな謎とされており、その一説として、寄生生物との戦いが必然的に有性生殖を発達させてきたとする、上記の説が立てられているのである。

 

  このように、絶え間なく変化する環境の変化に対抗するために、生物は進化を続ける、という考えは、生物学の世界では「赤の女王仮説」と呼ばれている。科学用語としては何ともおかしなネーミングだが、これはルイス・キャロル作の有名な小説「鏡の国のアリス」に登場する「赤の女王」にちなんで、進化生物学者の リー・ヴァン・ヴァーレンが名付けたものである。物語の中で赤の女王はアリスに「同じ場所に留まっていたければ、ひたすら走り続けなくてはなりません」と 言う。この言葉通り、生き物にとっては、環境も周囲の他の生き物たちも常に変化を続けており、同じ場所で生活を続けていくためには生き物自身も変化=進化を続けなければならない、というのが「赤の女王仮説」である。

 

 寄生生物のおかげで男と女が生まれた、なんて、少し変な気分になる話ではあるが、これもまた、生物多様性の妙と言ったところか。。。

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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