エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

カエルツボカビはどこからきた?

2010年07月09日

 皆さんは、現在、世界中でカエルが異常な速度で減少しているのをご存知だろうか?実際、日本でも、最近はカエルの鳴き声が減ったと感じる人も少なくないと思う。国連のなかのIUCN(国際自然保護連合)という組織が調査したところによると、現在、世界中の両生類の約3分の1近くが絶滅の危機に瀕していることが明らかとなっている。しかもこの危機的状況はここ数十年で急速に起こっているらしい。いったいなぜ、両生類が急に減ってしまったのだろうか?

 最近になって、カエルツボカビ症という、両生類特有の新興感染症が、世界中に広がって両生類を減らしているのではないか、という説が浮上している。カエルツボカビとは真菌の一種で、両生類の皮膚にだけ寄生する珍しいカビである。1998年に、中米のジャングルで発見されて、その後、世界中で確認されるようになった。

 このカビに寄生された両生類は、皮膚が異常になって、死に至る。皮膚病になるだけで死ぬのか?と思われるかもしれないが、両生類は皮膚呼吸をする生物なので、皮膚にカビが生えるというのはそれなりに「重症」となると考えられる。特にこのカビによる被害が著しかったのは中南米やオーストラリアで、特に標高の高いジャングルに棲む珍しい種類のカエルが次々と絶滅に追いやられている。

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図 カエルツボカビの拡大図

 このカエルツボカビは、標本などの調査から1980年代以降に急速に世界に拡散したと考えられている。そして、このカビの起源はアフリカツメガエルというアフリカ原産のカエルではないかと議論されてきた。その理由は、このカエルがカビに感染しても病気にならず、古くから実験動物として世界中で輸送されていたことが挙げられている。

図 カエルツボカビに感染した個体(右上は健全個体)
健全個体と比較して皮膚が汚れて、体が固くなっている。

 では、日本にもこのカビはいるのか?実は2000年以降、世界中でこのカビが話題になっていたにも関わらず、日本を含むアジアでは、ほとんどこのカビのことは知られていなかった。ところが2006年の12月になって突如、このカビが日本に上陸していることが明らかとなった。ペットとして飼われていた南米原産のカエルの具合が悪いということで、獣医さんに持ち込まれたものが、カエルツボカビに感染していることが判明したのである。アジア初の感染例であった。

 この発見で、日本中のカエル好きたちは大変なショックを受け、研究者、獣医師、ペット業者、愛好家を巻き込んだ大きな騒動となった。「日本のカエルが絶滅するかも!?」とマスコミも大きく報道した。朝のワイドショーにまでこの話題があがった。海外での被害報告から考えれば、無理からぬ反応ではあった。環境省もこの事態を重く見て、カエルツボカビ警戒のための宣伝パンフレットを作成して配布した。そして、我が国立環境研究所もカエルツボカビの実態調査に乗り出すこととなった。

 問題なのは、「カエルツボカビがどの程度、日本国内に侵入しているのか」という点と、「カエルツボカビが日本の両生類に対して、どの程度有害なのか」という点である。そこで我々は、まず、日本中の両生類を捕獲して、その皮膚を綿棒で拭って、PCRという微量なDNAでも検出できる方法で、その綿棒にカエルツボカビのDNAが含まれていないかどうかを調べて、日本国内における感染状況を確認することから着手した。

 我々の調査の結果は、多くの研究者が予測するものとは大きく異なる驚くべきものであった。まず、カエルツボカビは日本の両生類からも発見された。しかもこのカビのDNAの塩基配列を調べた結果、日本のカエルツボカビ菌には50ものDNAタイプが存在するのに対して、海外で得られたカエルツボカビ菌からはわずか数タイプしかDNAタイプが発見されなかった。つまりこのカビの遺伝的多様性は、日本が圧倒的に高いことが示された。しかも、オオサンショウウオという日本独自の巨大な両生類からもこのカビが大量に発見され、そのDNAタイプも独自のものであることが示された。そして菌の感染実験の結果、日本の両生類は感染しても病気にならず、もともとこのカビに対して抵抗性をもっていることが示された。

 以上の結果からは、カエルツボカビの起源は、実は日本で、日本から運び出されたカビの一部が世界で急速に拡散して被害をもたらしているのではないかと推察されたのである。この結果は論文として海外のジャーナルに発表され、世界中の研究者を驚かせた。

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図 カエルツボカビの分布拡大プロセス・イメージ
航空・船舶という大量物流手段に加えて、人自身が様々なエリアに自由に出入りすることにより
カエルツボカビは急速に分布を拡大した。

 もし、日本が起源だとして、なぜ日本のカビが世界に拡散したのか?実はあまり知られていないが、日本はかつてウシガエルの輸出大国だったのである。戦後、食料目的で輸入されたウシガエルが、大量増殖に成功して、商品として海外に輸出もされたのである。日本のカエルツボカビ菌に感染したウシガエルが持ち出されたことで、海外での感染拡大が起こったのではないだろうかと筆者は考えて、現在追跡調査を進めている。

 しかし、日本が起源として、商品としての両生類の移送が世界にカエルツボカビを広げたとして、それは人間社会を中心とした下界での話である。いったい、なぜ下界のカエルツボカビが中南米の高山のジャングルに侵入したのか?中南米では林産資源としてのみならず、エコツーリズムなど観光資源として熱帯林地域を活用する動きが活発になっており、近年、様々な国から多くの人間が訪れて、熱帯林の奥地まで足を踏み入れている。これまで人間世界から隔絶されてひっそりと生きてきた両生類の生息空間に人が足を踏み入れたことによって、下界からカエルツボカビ菌が持ち込まれ、免疫のない両生類の間でこの菌は瞬く間に広がったのではないか。

 こうして、日本のカエルツボカビ騒動は意外な展開を迎えたのであるが、日本の両生類は、カエルツボカビとは無関係にその数を減らし続けている。その原因は、生息地である水田や森林の汚染や破壊。カエル受難はいずれにしても人が原因といえる。カエルが苦手な筆者も、今回のカエルツボカビ研究を通して、少しだけ、カエルの未来に思いを馳せるようになった。

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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