エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

クワガタのダニの歴史

2010年05月07日

  筆者が現在の研究所に入る前は、企業でダニをやっつける農薬を作っていたことを以前に紹介した。実は、学生時代からの専門分野はダニなのである。だから、今度はクワガタムシにまつわるダニの話をしてみたい。
 ダニという生き物は、実は多様性が大変高く、種数だけでも昆虫に匹敵すると言われている。その生活様式も様々で、土の中で有機物を食べるもの、植物に寄生するもの、動物に寄生するもの、水の中を泳ぐもの、はたまた人の顔に寄生するもの、、、と地球上のいたるところに生息している。そして、それぞれが生態系の中で、何らかの役割を果たしている。彼らも立派な生物多様性の一員である。
 そして、クワガタムシの背中にもダニがついている。クワガタムシの体の上をうろうろしている小さな白い「虫」らしきものを、クワガタムシを飼育した経験がある人なら、みんな一度は見たことがあるのではないだろうか?これが、クワガタナカセと呼ばれるダニである。名前がなんともこっけいで笑える。クワガタムシに大量に取り付いている様が、いかにもクワガタを「泣かせている」というイメージに結びついて、この名前がついたらしい。

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ヒラタクワガタの体表に寄生しているクワガタナカセ

 このダニの生態は、まだよくわからないことが多く、我々も研究をしているところであるが、これまでに、クワガタムシの背中以外では生きていけないこと、クワガタムシの体表に溜まるゴミやカビを食べている、いわゆる掃除屋であることが分かってきている。クワガタムシの体表の垢を餌にしているわけだから、しっかりと垢を溜めているいわゆる「中年クワガタムシ」にしか寄生しない。どういうことかというと、蛹(さなぎ)から脱皮したばかりの若いクワガタは汚れが少ないため、カビも生えにくいらしく、このダニはほとんど寄生しない。成虫になってから越冬を経て1年以上生きたクワガタムシに、たくさん寄生する。だから、成虫になったらその年のうちに死んで、冬越しできないミヤマクワガタやノコギリクワガタには、このダニはつかない。一方、成虫寿命が2〜3年と長いオオクワガタやヒラタクワガタ、コクワガタに好んで寄生する。
 このダニは日本列島だけでなく、中国や東南アジアにも広く分布していて、様々なクワガタムシに寄生している。ダニ学者として気になるのは、様々なクワガタムシに寄生しているダニの「個性」。そこで、外国のクワガタムシに寄生しているダニを試しに日本のクワガタムシに乗せてみたら、簡単に日本産クワガタムシの背中で増えた。なーんだ、クワガタムシならなんでもいいんだ、と思って、今度は逆に日本のダニを外国のクワガタムシに乗せてみたら、今度は全然増えることができなかった。どうやら、このダニには国や地域で個性が異なるらしい。

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クワガタナカセのコンピュータ・グラフィック(筆者描画)
世にも珍しいダニのCGはなぜかアメリカの記念切手の絵柄に採用された。

 そこで、アジアや日本列島でクワガタムシとダニをセットで採集して、それぞれDNAの変異を調べてみることにした。するとクワガタムシにも、それに寄生しているダニにも、豊富なDNAの変異が存在することが判明した。さらに、クワガタムシごとに独特のDNAを持つダニが寄生していることも分かった。つまり、見た目、小さくて何のへんてつもないこのダニは、実はクワガタムシごとに独自の進化を遂げた、極めて遺伝的多様性の高い生き物であることが分かったのである。
 恐らくアジアでクワガタムシの祖先が誕生したころに、このダニもクワガタムシへの寄生を始めたと考えられる。そしてクワガタムシが分布を拡大して、様々な種に進化していく過程で、このダニも進化して、クワガタムシごとに独特の系統へと分化していったと想像される。実にその歴史は1,000万年を超える長いものだったと考えられる。ダニ学者としてはすごくロマンをかき立てる話であるが、恐らくダニなんかに興味がない人にはどうでもいい話であろう。。。
 しかし、こんな小さなダニにも立派に遺伝子の多様性と種の多様性が存在する。生物多様性は、目に見える、かわいい動物や美しい草花だけでなく、こうしたミクロな世界にも詰まっている。クワガタナカセが生物の世界でどんな役に立っている生き物なのかは、今のところは何も分からないが、ダニ学者としては「こうしたダニの個性も、ひょっとしたら、隠れた資源かも知れませんよ、だから、ダニの多様性も大事にしましょう!」と声を大にして言いたいのである。
  あまり共感してくれる人はいないかもしれないが。

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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