エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

日本人のクワガタムシ好きの「わけ」

2010年04月08日

 前回のコラムで、日本人は世界的にも珍しい無類のクワガタムシ愛好人種であることを書いた。そう聞くと、そのわけを知りたいと思う人は大勢いるであろう。そのわけについて、筆者なりに調べて独自の説を立ててみた。ただし、これはあくまでも個人の想像に基づく説であり、学説などという高尚なものではない(むしろ妄想に近い?)ことを予めお断りしておく。
 

 まず、日本人のクワガタムシ好きは、ここ最近のブームなのか、それとも相当古くからの性質なのか、調べてみた。単純に周辺の老若男女、もしくは講演に行った先の聴衆の皆様を相手に聞き取り調査をしてみると、まず間違いなく、年齢を問わず、男性の多くはクワガタ虫が好きで、年をとった人でも昔に飼育した経験がある人が多い。女性の方は、年齢を問わず、好き、嫌い半々といったところ。少なくとも日本人男性の間では世代を超えてクワガタムシ好きの性質が伝わっていると考えられた。
 次に地方に伝わるクワガタムシの方言を調べてみた。そうしたら驚いたことに、地方ごとに独特の呼び名があることが分かった。九州・四国地方では「すいぎゅう」、京都・滋賀では「うし」、長野では「べんけい」、愛知では「へいけ」・・・といった具合に、実に様々な形容がなされていて、実にその数は100を超えるとされる。もちろん、今ではこれらの方言はお年寄りの方しか知らない死語になりつつあるが、それでもこれだけの呼び名があったということは、古くからこの昆虫は地域に親しまれていたことを伺わせる。なにせ、欧米ではクワガタムシはコガネムシやカブトムシと一緒くたにされて、「ビートル(Beetle)」と一言でしか呼ばれていないのだから、この呼び名の多様性は半端じゃない。

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 クワガタムシの方言集

 さらに、クワガタムシ関連の雑誌(専門誌がある事自体すごい!!)を見ていたら、江戸時代に描かれたという、クワガタムシの絵が何枚か載っていたことがあるのだが、その描写の細かさに驚かされた。中にはノコギリクワガタの大顎が大きいタイプと小さいタイプをちゃんと区別して、並べて記載しているものまであった。少なくとも、江戸時代にはクワガタムシが細かい描写に値する対象物であったことは間違いない。どうやら日本人のクワガタムシ好きは、ここ最近に始まったものではなく、随分昔から日本人の中に定着したものらしい。だとすれば、日本人という人種の歴史の中に、クワガタ虫が好きになった秘密が隠れているのではないかと想像を膨らませてみた。
 その際に、役に立ったのがヒラタクワガタというクワガタムシの1種のDNA分析の結果であった。このクワガタは日本列島に広く分布しているのだが、沖縄や奄美など島ごとに異なる遺伝子組成を持つ集団に細かく分化している。簡単にいえば島ごとに異なる家族がいる。割と近い島の間でも家族が異なる。つまり、海を渡るだけの飛翔能力がない。そんなクワガタがなぜか本土内(九州、四国、本州)では、ほとんど遺伝子の変異がない。つまり本土全体で大家族を形成している。これは本土内ではこのクワガタが渡ってきた後、とても長い距離を素早く動いていたことを意味する。これは生物学的に少しおかしい。
 そう考えたとき、ヒラタクワガタの分散を促したのは日本人自身なのではないかと考えた。日本人は古くから農耕民族として「里山」という独特の生活様式を発展させてきた。里山とは、水田耕作を中心として、雑木林やため池など、少し人の手を加えた二次的自然に囲まれ、それらの資源を利用しながら、あくまでも自然サイクルの中で生活する究極的な「リサイクル生活=持続型資源利用生活」様式である。
 この里山の中で、貴重な林産資源と土壌養分の供給源となるのが雑木林であるが、この雑木林の切り株や廃材などの朽ち木を素早く分解して、他の土壌生物が利用可能な形にする機能を持った生物がクワガタムシの幼虫である。最近の筆者らの研究でクワガタムシ幼虫体内には窒素固定能力をもつ共生菌がいることも突き止められている。すなわち、クワガタムシ幼虫は朽ち木を分解するだけでなく肥やしも作る重要な役割を担っていることが分かってきた。つまり、彼らが豊富に存在することで、森は常に豊かに維持されることになる。また里山という生活空間はクワガタムシにとっても餌の豊富な貴重な住処となったと考えられる。こうして、日本人が里山をひろげていく過程で、クワガタムシも植樹などとともに分布を急速に拡大していったと考えられる。

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 里山の風景(環境省パンフレット「地球のために、今、私たちができること。」より抜粋)

 そして、古い日本人たちは、自分たちの生活空間の中に常に存在するクワガタムシを、森を豊かにしてくれる大切な昆虫、森の守り神であると、自然と体感したのではないだろうか。こうして、日本人のクワガタムシに対する愛情は里山の定着とともに日本人の心の奥深くに刻み込まれていき、現代に至った。
 以上が、筆者の考えた日本人のクワガタムシ好きの歴史的発展であるが、もちろん、この説には、まだまだ突っ込みどころはある。もともと日本人にはクワガタムシ好きの性質があるとすれば、それは遺伝的に固定した形質となる。いったいどうして、日本人の中にクワガタムシ好きの遺伝子が存在したのか、という点は、全く不明である。
 しかし、日本人の自然を愛する心が里山という生活様式を育み(あるいは逆に里山が日本人の自然に対する愛を育み)、独特の生物多様性を築いてきたことは、間違いないと思う。里山というオープンランドがイヌワシという大型猛禽類の定着を可能とし、水田やため池という止水域がメダカやドジョウ、カエルなど水辺の生き物の貴重な生息場所となり、多くの生物が二次的自然を利用しながら人間という生物も含めた生態系、すなわち自然共生型社会がそこに実現していた。
 時には猛威をふるう自然に対して、人々は畏敬の念を抱き、自然の草木にも神を宿らせた。こうしてこの国にはなんと八百万(やおよろず)もの神々が宿ることとなった(神様の多様性も半端ではない!)。
 さて、現代の日本社会では、里山は「住みにくい田舎」とみなされ、どんどんその姿を消している。かつて日本のあちこちで見られたクワガタムシも今や貴重品となってしまった。しかし、悲しいかな、日本人の中にあるクワガタムシ好きという性質だけは昔のままで、恋しいクワガタを外国から輸入して楽しむこととなった。これが外国産クワガタムシのブームに繋がった。

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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