エコらむ

【いろんないきものの話 五箇公一】

クワガタの大きさあれこれ

2010年02月09日

 天は二物を与えず。これは何か秀でているものは、どこか他の部分で他より劣るということを指し示した諺(ことわざ)であり、人それぞれに得意分野が異なるのだ、という、個性を尊重する意味も含む。実際に、生物の世界でも、この諺があてはまる事例が多く、生物は自分の能力に投資できるエネルギーには自ずと限界があり、何か特殊な形質によって他の個体に差を付けようと思えば、何か別の形質への投資をあきらめなくてはならない、とされる。これを生態学用語でトレードオフという。今回は、このトレードオフ現象とクワガタムシをからめて話をしてみよう。恐らく、読み終えた読者の多くが、自分のコンプレックスをプラスにとらえるきっかけになるかも…しれない。

 クワガタムシは昆虫の中でも特に人気が高い。その理由の一つとして、黒光りする身体に大きな顎が付いた精悍なフォルムがある。この大顎は少しでも雌成虫との出会いを確実にする

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ヒラタクワガタの大小あれこれ。

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東南アジアに生息するオウゴンオニクワガタが飛び立つ瞬間(五箇作図)。
この個体は顎が小さいタイプであり、大きな顎を持つ個体はこのように簡単に飛び立つことはできない。

 小さい成虫に育ったクワガタムシは喧嘩に負けて交尾するチャンスもなく、何となく可哀想に思われがちだが、実際はそうでもないらしい。よく観察して見ると、身体の小さい雄の大顎は、小さくて形もスリムになり、軽量になっている。また、大きな雄より早く成虫になる(羽化する)ことができる。すなわち、夏を迎える時期に大型に育った個体より、早い時期に成虫として朽ち木の中から出て来ることができる。すると、大型の個体が出てくる前に、軽い身体を活かしてより広く飛び回り、いち早く雌を見つけて交尾をしてしまうことができるのである。
 クワガタムシの体が小さいことは一見して、生きていく上で不利な条件に思えてしまうが、こうしてみると、一概に大小だけで損得は語れないことが分かる。損して得取れ。これが生物のトレードオフ。そう考えると、人間社会も同じではないかと思える。誰かの歌の歌詞ではないが、みんなが同じ能力を持つことはありえず、人それぞれに、何か他人にはない得意分野や「持ち味」が備わっている。これこそが人の個性=固有性=多様性、ではないのだろうか。

プロフィール

五箇公一(ごか・こういち):国立環境研究所 主席研究員

1965年富山県生まれ。1988年京都大学農学部卒業、1990年京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了、1990年宇部興産株式会社農薬研究部、1996年京都大学博士号(論文博士)取得(農学)1996年国立環境研究所、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』、『リスク学事典』(共著)、『ダニの生物学』(共著)、『外来種ハンドブック』(共著)、『生態学からみた野生生物の保護と法律』(共著)、『環境科学 人間と地球の調和をめざして』(共著)、『生態学入門』(共著)、『いきものがたり』(共著)など。専門はダニ学、生態学、集団遺伝学。

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