アラスカに暮らす

背中に生々しい傷痕 〜アラスカに暮らす(93)〜

2013年02月18日

アラスカに暮らす(93)

 「俺の体には、砲弾の破片がまだ幾つか残ったままさ」

 普段は寡黙な男が、その時だけはいつになく上気した表情で口を開き、おもむろに上着を脱ぐと、生々しい傷痕が残る壁のように大きな背中をさらした。

 ロンはアサバスカインディアン。カナダに流れを発し、西のベーリング海に注ぐ大河ユーコンの中流域にある小さな村で生まれた。厳しい家計事情から9歳で家を出され、自分で建てた小屋に住みながら、テンなどの毛皮をとって暮らしたこともある。

 当時、アラスカ先住民の多くがそうだったらしいのだが、彼も米本土の寄宿舎のある高校へと進み、アラスカ各地から集まった先住民の子弟と机を並べた。背中の傷痕は、後に従軍したベトナム戦争で浴びた至近弾の破片によるものだった。

 「多くの仲間が目の前で死んでいった…」

 ロンから戦争の話を聞くのはその時が初めてだった。前線から戻って数年後から、後にアラスカ最大の産業となる原油パイプラインの建設現場で働いた。

 「あのころは、毎日飽きずにクッキーをかじりながら、よく働いたもんさ」

 その現場で一緒だったという、今は亡きもう1人の友人と3人でロンのボートに乗り、晩秋のユーコン川へ、ヘラジカハンティングに連れていってもらったことがあった。白い息を吐きながら1週間、川の上で過ごしたが、ヘラジカはとうとう現れなかった。その旅を最後にロンはボートを手放した。

 「どうだい調子は」

 「相変わらずです」

 「息子は元気か」

 「はい」

 時折、思い出したかのようにロンから電話が来る。今彼は、高校時代に寄宿舎で一緒だった、アリュート族の奥さん、アンジーとフェアバンクス市内のアパートで静かな余生を送っている。

暮れゆくユーコン川を見つめるロンの瞳には、たどってきた彼の人生が映っているのかもしれない=米国アラスカ州のユーコン川中流域で暮れゆくユーコン川を見つめるロンの瞳には、たどってきた彼の人生が映っているのかもしれない=米国アラスカ州のユーコン川中流域で

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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