アラスカに暮らす

大地に根張る孤高の命 〜アラスカに暮らす(92)〜

2013年02月11日

アラスカに暮らす(92)

 ゥオォォォォォ−。2月の北極圏ブルックス山脈は、いまだ長い夜に支配され、白い雪と青い氷に閉ざされた厳冬の地。青白い光をさす星々のきらめきさえも、凍りついたようにまたたきもせず、底なしの闇の中で静止しているかのよう。

 「静かに。ほら、あの声」

 そのオオカミの遠吠(ぼ)えを聞いたのは、ブルックス山脈の中で1人、自給自足の暮らしを営む友人、トッドの山小屋の前で焚(た)き火を囲んでいたある夜のことだった。

 彼の呼びかけで耳を澄ますと、一瞬の間を置き、山小屋の背後にそびえる山の中から遠吠えが続いた。広大な原野のどこかにいるはずの仲間に、呼びかけているのだろうか。

 「やつはまだ若い」

 「どうして、あいつが若いってことが…」

 「しーっ」

 すると今度は、結氷した川を挟んだ対岸の峰々の片隅から、別のオオカミの遠吠えが聞こえてきた。

 「こいつは立派な大人だ」

 トッドが説明してくれるように、最初の声の主の遠吠えより、どこか野太い印象もある。若いオオカミと手だれのオオカミ。孤高の存在同士、何をやりとりをしているのか。

 「数日前も同じようにほえあっていたよ。俺はやつらの遠吠えを、こうして聞いているのが好きなんだ」

 そう話すトッドを振り返ると、焚き火を見つめる彼のまなざしもまた、野生の生き物のように隙がなく、底が見えないほど透き通った瞳の奥に、紅(あか)くゆらめく炎を鮮やかに映していた。

 「ここには、望むものの全てがあるのさ。俺はここで暮らし、ここの土になるよ」

 ついさっき聞いたトッドの言葉がよみがえってきた。彼もまた、あのオオカミたちのように、この大地に根を張って生きる孤高の存在に違いなかった。

ブルックス山脈で遭遇したオオカミ。数秒間、目が合うと音もなく森に去った=米国アラスカ州北極圏でブルックス山脈で遭遇したオオカミ。数秒間、目が合うと音もなく森に去った=米国アラスカ州北極圏で

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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