アラスカに暮らす

零戦が不時着した島 〜アラスカに暮らす(91)〜

2013年02月04日

アラスカに暮らす(91)

 日本の太平洋岸近海から北東へと流れる北太平洋海流。古(いにしえ)より、この海の回廊に乗って漂流した人や物が、アリューシャン列島へと流れ着いた。

 この列島を飛ぶ飛行機の窓から眺めると、空に向かってぽっかり口を開けている幾つもの火山が見える。71年前の夏のある日、この列島のアクタン島に、一機の日本の戦闘機が不時着した。その機の名は零戦21型。

 零戦は先の大戦において、日本海軍の主力戦闘機として飛び続けた。緒戦では「向かうところ敵なし」とうたわれたものの、軽量化により防弾を軽視した弱点を悟られ、次々と投入される米軍の新型機の前に、形勢不利の色を濃くしてゆくこととなった。

 そもそも、米軍に弱点をさらけ出す発端となったのが、米軍が本国に持ち帰って精査することとなる、アクタン島で発見したこの零戦だった。

 ところで、このごろ零戦にまつわる話題がいくつか目に留まる。米国で現存する零戦が、日本に一時帰国しているというのもその1つ。この機体は零戦後期の52型で、当時のままのエンジンで飛行可能な世界でたった1つの機体だ。

 埼玉県所沢市の所沢航空発祥記念館で、この春まで展示されている。夏に公開される宮崎駿監督、スタジオジブリ最新作「風立ちぬ」の宣伝コピーの中には、零戦生みの親である航空設計技師、堀越二郎の名前もあった。また、百田尚樹さん原作で零戦搭乗員を題材にした映画「永遠の0(ゼロ)」も、年末に公開予定だそうだ。

 先日、実家から届いた小包の中に、埼玉に住む弟が撮影した一時帰国している零戦の映像が入っていた。17年ぶりに日本でとどろいたエンジンの咆哮(ほうこう)は、零戦がたどった、雄々しくも悲しい運命の響きのようにも感じられた。

70年以上前に、零戦の搭乗員が見たのと変わらぬであろう景色が広がっていた=米国アラスカ州、アリューシャン列島上空で70年以上前に、零戦の搭乗員が見たのと変わらぬであろう景色が広がっていた=米国アラスカ州、アリューシャン列島上空で

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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