アラスカに暮らす

ヘラジカアクがうまぁ 〜アラスカに暮らす(80)〜

2012年10月22日

アラスカに暮らす(80)

 大河ユーコン川沿いの針葉樹林帯には、朝夕霜が降り、澄んだ夜空には虹のような形をしたオーロラが、薄緑色の光の橋を架ける。

 内陸アラスカの9月下旬。先住民の友人たちが操縦する小型ボートに乗り、ヘラジカのハンティングに同行して1週間。手持ちの食料は既に底をつきかけていたが、獲物はいまだ姿を現さない。芯まで凍えた体は強烈に肉を欲していた。

 耳をちぎるような冷たい風を切り裂きながら、川をさかのぼっていたある日の午後、川岸に煙の上がるハンティングキャンプを見つけた。「どうだ、食べていかんかね」

 ボートを寄せて上陸すると、先住民のハンターたちがヘラジカの解体を終え、たき火にかけられた鍋の中では、夢にまで見た肉塊がくつくつと煮えていた。「わっ、肉だぁ!」。ごくりと唾を飲み込むと、遠慮なしにカップでスープをすくった。

 生クリームのようにたっぷりと浮いた褐色のアクをスプーンで取ろうとしたその時、「おい、そいつを捨てるなら俺にくれ!」。友人が含み笑いを浮かべながら僕を見た。「いいからジュースと一緒にやってみな」。ジュースとはアクを指すのか。塩とこしょうを振って、スプーンでアクごとぐるりとかき回した。唇をカップに寄せてひとくち。「あちっ、うまぁ」

 なんとアクが深いコクを醸し出し、絶妙にうまい。熱いスープの塊が一直線に食道を駆け下り、胃袋方面に流れ落ちてゆく。体温がよみがえる。なるほど、郷に入らば郷に従えだ。

 夜、流木を集め、たき火をおこした。ハンターが分けてくれた肉をその火であぶった。焦げた肉からしたたる脂が、うっとりするほど香ばしい。その一点を見つめる友人たちの瞳の奥で、赤い炎がゆらゆらと揺れていた。

幾日も獲物のヘラジカを探し続けた。川面を行く風に、冬の匂いを感じた=米国アラスカ州、ユーコン川中流域で幾日も獲物のヘラジカを探し続けた。川面を行く風に、冬の匂いを感じた=米国アラスカ州、ユーコン川中流域で

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

地球のいのち、つないでいこう

中日スポーツ 東京中日スポーツ 中日新聞フォトサービス 東京中日スポーツ 記事全文へ バックナンバー一覧 記事全文へ 一覧 一覧 一覧 一覧 一覧 一覧