アラスカに暮らす

震災の記憶 後世に 〜アラスカに暮らす(77)〜

2012年09月24日

アラスカに暮らす(77)

 去る5月の連休時、宮城県石巻市に住む「石巻若宮丸漂流民の会」の理事、本間英一さんを訪ねた。

 激しい雨の中、本間さんは駅まで車で迎えに来てくださった。その車に乗り、被災した商店街を抜け、北上川沿いの道に出た。以前、橋のたもとで見かけた劇場は、跡形もなかった。本間さん宅のある門脇町は更地の中に舗装道だけが残っていた。

 その中に傷ついた土蔵がぽつんとあった。三陸沖大地震の翌年、1897(明治30)年に建てられ、先の東日本大震災で奇跡的に残った本間家の土蔵だ。石巻復興の礎、そして震災の記憶を後世に伝えようという本会の運動のシンボルともなっていた。

 高台にあった本間さん宅は流失を免れ、隣接するテニスコートも残った。本間さんは石巻ローンテニスクラブの代表も務められている。「クラブを再開することに躊躇(ちゅうちょ)しました。ですが、再開して実感したのです。残された人々にも娯楽が必要だと」。庭でウコン桜の薄黄色の花が雨にぬれていた。

 翌日、石巻若宮丸漂流民の会会長、木村成忠さんと仙台市でお会いした。木村さんはこれまで、若宮丸関連のラジオドキュメントを2本作っている。「自分が苦境に立たされたとき、彼らのことを思い出します」。漂流民の物語に幾度となく励まされてきた木村さんには、「語りくれよ、われらのことを」。そうささやく彼らの声が聞こえてならないという。「震災に遭った人々も同じ気持ちかもしれません」

 漂流民を追って石巻からアリューシャンと旅をした。忘れられない出会い、忘れてはいけない出来事。日々の暮らしの中で、夜汽車の汽笛のように遠のいていく記憶は、ただ語り継がれることで、人々の心の中に生き続けるのだと、そう教えてくれた旅だった。

日和山公園から門脇町、石巻湾を眺望した。傷ついた土蔵がぽつんとたっていた=5月初旬、宮城県石巻市で日和山公園から門脇町、石巻湾を眺望した。傷ついた土蔵がぽつんとたっていた=5月初旬、宮城県石巻市で

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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