アラスカに暮らす

異国で故郷を忘れない 〜アラスカに暮らす(76)〜

2012年09月17日

アラスカに暮らす(76)

 宮城県石巻市にある「石巻若宮丸漂流民の会」の事務局長、大島幹雄さんにお会いしたのは、今年4月中旬のある夜のこと。

 帰国のたびに立ち寄る東京・新宿の沖縄風居酒屋でお待ちしていると、大島さんはやってきた。初対面ではあったが、その人柄からにじむ和やかな雰囲気に、自然と会話がはずんだ。やがて、話題は漂流民へ。「実は、私の生まれ故郷も石巻なのです…」。大島さんが静かに語り出した。

 「魯西亜(ロシア)から来た日本人〜漂流民善六物語」などを著し、現在は横浜市在住の大島さんが事務局長を務めておられるのは、名もなき同郷者たちが成し得た「歴史に埋もれた偉業を後世に伝えたい」との郷土愛によって支えられている。だが、東日本大震災は新たな目標を与えていた。

 「ともしびは、まだ遠いところにあるのかもしれませんが、残された故郷の人々に少しでも希望を持ってもらえたら」。そんな強い思いに後押しされ、大島さんは「石巻日日新聞」で、小説『我にナジェージダ(希望)あり−石巻若宮丸漂流ものがたり』を、今年4月から連載されている。

 大島さんに聞いてみたいことがあった。「海外のことなど何も知らない時代に、はるか異国の地で彼らは何を思ったのでしょう」。「故郷のことを忘れなかったはずです」。故郷−なんと甘美な響きか。漂流民の気持ちを察する氏の言葉に、胸の奥が熱くなった。

 岐阜県各務原市の生まれではあるが、幼少期に引っ越しが重なったせいか、私には特定の故郷というものがどうにも見当たらない。だからなのか、郷愁というものに痛いほどひかれる自分がいる。

 この後、仙台市や石巻を訪ねることを告げると、大島さんは2人の方を紹介してくださった。

若宮丸が江戸へ向けてたった北上川、中瀬付近。当時、海運、造船などでにぎわったという=宮城県石巻市で、2007年11月、日和山公園より撮影若宮丸が江戸へ向けてたった北上川、中瀬付近。当時、海運、造船などでにぎわったという=宮城県石巻市で、2007年11月、日和山公園より撮影

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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