アラスカに暮らす

世界一周の邦人を追って 〜アラスカに暮らす(75)〜

2012年09月03日

アラスカに暮らす(75)

 久しぶりに日本へ行ったのは、今年春のこと。その折、5年ぶりに宮城県石巻市を訪ねた。石巻は新田次郎の小説「アラスカ物語」になった、フランク安田の出身地。

 実は江戸時代、期せずして、日本人最初の世界一周を果たした人々も、石巻を出港した千石船の船乗りたちだった。その船の名は若宮丸。若宮丸は1793年11月末、米などを積んで江戸へ向かうも嵐で遭難。転覆を避けるために帆柱を切り捨てた。

 帆を失った船は潮に運ばれ、太平洋を北へと流される。半年もの漂流の後、傷ついた船が奇跡的に漂着したのが、アリューシャン列島のウナラスカ島とされる。先住民アリュートに助けられた16人の船乗りであったが、直後、船頭の平兵衛が病死。残った漂流民は、アリューシャン列島を、ラッコなどの毛皮収集の基地としていたロシア人に保護され、イルクーツクへ運ばれて7年を過ごした。

 1803年5月、生き残った漂流民のうち10人が、首都ペテルブルクで、ロシア皇帝アレクサンドル一世との謁見(えっけん)を許される。その際、帰国を希望した津太夫、多十郎、儀兵衛、左平の4人が、ロシア初の世界一周就航船ナジェージダ号で日本へ送還されることとなった。

 本船はロシアが熱望する日本との貿易の端緒を開く任務を帯び、イギリス、ブラジル、ハワイ諸島、カムチャツカ半島などを経て翌年9月4日、長崎港に入港した。この時、遭難から既に11年の歳月が流れていた。

 この漂流民を調べているうちに「石巻若宮丸漂流民の会」があることを知った。帰国前、会の事務局長、大島幹雄氏に連絡を入れると、喜んで会ってくださるとのお返事を頂戴したのだった。

北の海で半年ぶりに見る陸地に、漂流民は何を思っただろう=米国アラスカ州アリューシャン列島のエイダック島で北の海で半年ぶりに見る陸地に、漂流民は何を思っただろう=米国アラスカ州アリューシャン列島のエイダック島で

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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