アラスカに暮らす

島の歴史語る戦跡 〜アラスカに暮らす(74)〜

2012年08月27日

アラスカに暮らす(74)

 エイダック島のバーでは、元横綱・武蔵丸の親戚を名乗る巨漢のサモア人、宿の女主人のフィリピン人、魚加工工場で働く白人青年のクライブ、先住民であるアリュート人のイレーンたちと仲良くなった。

 翌昼、クライブとイレーンが島巡りへ行こうと宿へやってきた。ワタスゲ、アヤメ、ニリンソウなどが咲き、夏草が茂るツンドラが続く。街を背に走っていると車が徐行した。「春に不発弾が見つかった所よ」。島にはいまだ、第二次大戦中に米軍が運び込んだ爆弾があちこちに埋まっている。

 連なる丘の斜面には、トンネルにふたをしたようなシェルターが点々と見えた。日本軍の侵攻を想定し、米軍は準備を怠らなかった。街を見下ろす丘に立つ冷戦時代のビルへ向かった。懐中電灯を持って中に入る。映画館、スポーツジム、プール、レストラン、カフェテリア、図書館、理髪店、警察、留置場までも備えた屋内は、遺物が散乱し、壁のペンキは紙切れのようにぼろぼろにはがれ、廃虚と化していた。

 夕方に釣りをした湾は昔、潜水艦基地だったところだ。もはや、島全体が戦跡といってもよい。

 「そういえば、君はアリュートだったね」。イレーンに語りかけた。「私たちの文化は、もう失われてしまったの」。少し間をおいてから、彼女は答えた。18世紀以後、ロシアの毛皮商人たちに隷属を余儀なくされてから、たどってきたアリュートの歴史は、想像するほかなかった。

 寄せる波は静かに岸辺を洗い、どこか懐かしい香りを運んでくる。湾の向こうに広がる海原を眺めながら、今から230年前、この列島に漂着した日本の船乗りたちのことを思った。

イレーン(中)は港湾職員。港にはオヒョウやタラなどを積んだ大小の漁船が出入りする=米国アラスカ州アリューシャン列島、エイダック島の港でイレーン(中)は港湾職員。港にはオヒョウやタラなどを積んだ大小の漁船が出入りする=米国アラスカ州アリューシャン列島、エイダック島の港で

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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