アラスカに暮らす

有名俳優に勘違いされた 〜アラスカに暮らす(71)〜

2012年08月06日

アラスカに暮らす(71)

 もうかれこれ8年前の夏。北極圏の川を1週間ほどカヤックで下り、フェアバンクスに戻った翌日のこと。まだ小さかった息子を片腕に抱き、買い物をして店から出たところを、見知らぬ男に呼び止められた。

 「ヘイ、ユー! 君は、日本の有名俳優じゃないか」。振り返ると男は興奮した様子で、つかつかと歩み寄ってきた。「やっぱりそうだ。握手してくれないか! 今日はなんていい日だ」

 いささか面食らった私は答えた。「私は俳優ではありません。この街に住む普通の日本人です」。「いや、昨夜見た映画に君が出ていたんだ。間違いない」。男は、私がその俳優だと信じきっているようだ。

 そこで私は尋ねた。「その映画の題名を教えてくれませんか」。「HELL IN THE PACIFIC」。ははぁ、なるほど。この映画、邦題は「太平洋の地獄」。三船敏郎扮(ふん)する日本兵が1人の米兵と、太平洋の無人の島で敵対しながらも奇妙な友情を育んでいくという物語だった。ということは、僕は三船敏郎と間違えられたのか。そう思うと実に愉快で笑いが込み上げてきた。

 邦画好きで、三船敏郎を今でも歴代ナンバーワン俳優と信じて疑わない私は、三船敏郎のデビュー作「銀嶺(ぎんれい)の果て」、黒沢明監督の全作、そして晩年の名演と評される「男はつらいよ 知床慕情」など随分と見てきた。

 だが、この映画の公開は1968年。当時の米国人俳優だってそれ相応に年を取る、という当たり前のことすら全く意識しない思い込みは、どこから来るのかと考えるとおかしかった。

 「変だなぁ。確かに君が出ていたんだが…」。男は、ぶつぶつつぶやきながらその場を立ち去った。私が人違いされたのは、後にも先にもこの時だけである。

「淡水のギャング」と呼ばれるパイクを釣って食べた。有名俳優に勘違いされたのは、それから1週間後のことだった=米国アラスカ州北極圏のワイルドリバーで「淡水のギャング」と呼ばれるパイクを釣って食べた。有名俳優に勘違いされたのは、それから1週間後のことだった=米国アラスカ州北極圏のワイルドリバーで

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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