アラスカに暮らす

捕物騒ぎの苦い結末 〜アラスカに暮らす(66)〜

2012年06月25日

アラスカに暮らす(66)

 コトコトコト…。「おやっ」。夜10時すぎ、パソコンの前で仕事をしていると、視界の隅で小さな物影が動いた気がした。床にひざまずき、影が消えた本棚の下をのぞいたが、見えるのはほこりばかり。「目が疲れたかな」。小屋の北側にある窓から森を透かして差し込む夕日が細長いオレンジ色のスクリーンを壁に作り出し、そこに影絵のように映る木々の枝葉が揺れている。

 再び何かが動いた気がした。その方向に矢のように視線を投げた。「あっ」。それは、鼻先から尻尾の先までが10センチほどのネズミだった。「普段は森の落ち葉の下などで見かけるのに、どうしてここに」。ドアを開け放している隙に屋内に入り込んだのだろう。

 仕事机に立てかけてあった虫捕り用の網を手にすると、真夜中の追いかけっこが始まった。ネズミはすばしっこく、部屋の隅を逃げ回った。物陰に隠れたかと思うと不意に姿を現し、また隠れてしまう。

 作戦を変え、じっと待つことにした。それを知ってか知らずか、いそいそとネズミがはい出てきた。その瞬間、矢を射るよりも速く網を振り下ろす。「捕まえた!」。獲物を逃がさないよう慎重に網を引き寄せた。ところが、ネズミは桜の花びらほどの血痕を床に落とすと、ぐったりと動かなくなってしまった。

 間もなくネズミはこと切れた。思いもしなかった結末に私はうろたえた。「ごめんね、ネズミさん。こんなつもりではなかったんだ」。追いかけっこをした相手が小鳥のように軽いことに、そのとき気が付いた。亡きがらを森の落ち葉の上にそっと返した。薄桃色のローズヒップの花が群れ咲く森の中では、夕日を浴びた羽虫が金色に輝きながらきらきらと舞っていた。

普段は森にすむネズミが夜中、自宅に出没しててんやわんや=米国アラスカ州フェアバンクス郊外の自宅で普段は森にすむネズミが夜中、自宅に出没しててんやわんや=米国アラスカ州フェアバンクス郊外の自宅で

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

地球のいのち、つないでいこう

中日スポーツ 東京中日スポーツ 中日新聞フォトサービス 東京中日スポーツ 記事全文へ バックナンバー一覧 記事全文へ 一覧 一覧 一覧 一覧 一覧 一覧