アラスカに暮らす

大きな塊…クロクマだ 〜アラスカに暮らす(64)〜

2012年06月04日

アラスカに暮らす(64)

 道路脇の沼に大きな黒い塊を見つけたのは、ツアーのお客さんたちを乗せ、アラスカ北極圏を南北に縦断するダルトンハイウエーを北上していた5月下旬のこと。

 「わっ、あれ何ですか」「アメリカクロクマです」。北極圏でクロクマに遭遇するのは珍しい。車を慎重に路肩へ寄せるとエンジンを切った。黒光りする毛並みのクマが沼に生えている草をむさぼるように食べていた。

 かぷっかぷっ。やがて、上顎と下顎がかみ合う音が聞こえるほどの至近距離までやってきたが、私たちのことはまるで気にせず夢中で草を食(は)み続けている。きっと若いクマなのだろう。経験的に感じるのだが、グリズリーを含め、若いクマは人の気配を恐れないことが多いようだ。30分もすると、クマは空腹を満たしたのか、たくましい四肢を震わせ、のしりのしりと茂みの中へと姿を消した。

 5月下旬の北極圏は春真っ盛り。まず最初に目に飛び込んでくるみずみずしい若葉色は、他の季節には地味な緑色をしたクロトウヒの葉だ。クワケケケッ、クワケケケケケッ。氷が解けたばかりの湖のほとりでは早くもカエルが鳴いている。

 森林限界より北の、まだ雪に覆われたツンドラでは、冬眠から覚めて親離れしたばかりと思(おぼ)しき、2頭の若いグリズリーが付かず離れずしながら、ゆらゆらと地平線を揺るがすかげろうの中にかすんでいくのが見えた。

 この季節、北極圏を最もにぎやかにするのは野鳥たちだ。ギンザンマシコ、ユキホオジロ、シロフクロウ、ライチョウ、ベニヒワをはじめ、計34種が確認できた。「日本では大変珍しい鳥たちを1回の旅で観察できるのは夢のよう」。野鳥ファンのお客さんが興奮気味に語る。

 ところで、不意にクマが襲ってきたらどう対処すべきか。この道路を管轄する公的機関が発行する冊子には、相手がグリズリーなら「両手を首の後ろで組んで地面にうつぶせになれ」。ブラックベアならば「ファイト・バック」。つまり「反撃せよ」の一言。その方法は記されてはいない。

冬眠から覚めて1カ月ほどだろうか。それにしては、丸々と太ったアメリカクロクマだ=米国アラスカ州の北極圏で冬眠から覚めて1カ月ほどだろうか。それにしては、丸々と太ったアメリカクロクマだ=米国アラスカ州の北極圏で

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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