アラスカに暮らす

青空の下 自分で散髪 〜アラスカに暮らす(60)〜

2012年04月30日

アラスカに暮らす(60)

 「ありゃ!」。右手に持ったハサミから髪の毛の束がバラバラと落ちた。

 「切り過ぎたかな」。青空の下、自宅前で自分の髪を切っていた僕は屋内へ鏡を取りにいく。「失敗だー」。恐る恐る鏡をのぞくと、前髪の一部を切りすぎ、なんとも情けない表情になっていた自分と視線が合った。

 僕は中学校のころから、自分で髪の毛を切ることがあった。母が使っていた三面鏡に映る側頭部、後頭部を確かめながら、右手にハサミを持ち、左手の指で髪をすく。指先の感覚を頼りにハサミを動かすのだ。

 鏡には実際の見た目とは正反対の像が映るので、それを意識しながら切るのは、慣れるまで時間がかかった。それでも1年もすると指がなじんできて、やがて手鏡1つで事足りるようになった。

 が、さすがに鏡なしで切るというのは油断しすぎたようだ。白い雪の上に、黒々とした髪の毛がむなしく散らばっている。「まあ、しょうがないか。1週間もすれば分からなくなるさ」

 こんな私だが、就職したてのころは、1カ月に一度は、住んでいたアパートからほど近い理髪店に通っていた。休日の午前中、理髪店のリクライニングシートに座るのが好きだった。

 通りが見える大きな窓からは暖かい日が差し込んでいる。散髪が終わって軽くなった頭を清潔なシートにゆだねる。もみあげから鼻の下、顎にかけてが熱々の蒸しタオルに包み込まれると、魔法にかかったように睡魔がやってきて、落ちてくるまぶたを支えることができなくなる。

 夢心地の中で、ほほに泡を塗るはけの感触が心地よい。次に気が付くと、顎の辺りをカミソリの刃が滑っている。あのまどろみ、そして、ゆっくりとした時間の流れは、どこかぜいたくな気がした。そうだ。今度、日本に行ったら、久しぶりに理髪店に行ってみようか。

息子の散髪も筆者の担当。デッキの階段で、ごみ袋を体にかぶせ、チョキチョキ=米国アラスカ州フェアバンクス郊外の自宅で息子の散髪も筆者の担当。デッキの階段で、ごみ袋を体にかぶせ、チョキチョキ=米国アラスカ州フェアバンクス郊外の自宅で

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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