アラスカに暮らす

歴史を刻んだ古宿 〜アラスカに暮らす(57)〜

2012年04月02日

アラスカに暮らす(57)

 「フェアバンクスに長く住んでいますが、今年は本当に寒いですね」。宿のオーナーのジョンさんが窓の外を見ながらつぶやいた。1カ月以上も氷点下40度以下の寒波に閉じ込められた街は、特に寒いときに起きるアイスフォグという現象のため、白く濁った空気の底に沈んでいた。

 ガイド業が冬の繁忙期に入っていた僕は街中のB&Bに宿泊していた。B&BはBed and Breakfastの略で、朝食付き宿とでも言おうか。まあ、日本の民宿のようなものだ。

 ジョンはインディアナ州生まれのイリノイ州育ち。アメリカンスクールの教師として1968年から4年間、横浜市と神奈川県横須賀市に住んだこともある。

 24年前にここを購入し、アー・ローズマリーという名の宿を始めた。そのころの料金はダブルベッド付きで一部屋48ドル。現在は90ドルだから、およそ四半世紀で倍になった計算。もっとも、ここ10年足らずで4倍近くにも跳ね上がったガソリンに比べたらかわいいものだが。

 28年築の建物はフェアバンクスで最も古い現役の近代建築の一つ。「当時の断熱材はおがくずでね、電線のショートで火災が起きやすかったのです。宿にする際にグラスウールに換えましたが、案の定コンセントの周りは焦げていました」

 「10年前には、最初のオーナーの息子さんが88歳で訪ねてきて、昔の話を聞かせてくれた」。思い出深そうにそう語るジョンも今年で御年74。一軒の家にも、流れていった時とそこに住んだ人々の記憶が刻まれている。どこか暮らしの匂いが漂う宿に泊まるのもいいものだ。

 「明日の朝食は何時にしますか」「そう、今夜も遅くなるから…」「いえ、ゆっくり休んでください。起きたら作りますから」

 何げない気遣いがうれしい。「では、お気をつけて」「ありがとう」。いかにも世話好きなジョンの声に見送られ、僕は夜の仕事に出かけた。

午前11時、宿のオーナー、ジョンが遅い朝食を作ってくれた。朝から盛りだくさん=米国アラスカ州フェアバンクスで午前11時、宿のオーナー、ジョンが遅い朝食を作ってくれた。朝から盛りだくさん=米国アラスカ州フェアバンクスで

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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