アラスカに暮らす

春の予感 〜アラスカに暮らす(55)〜

2012年03月19日

アラスカに暮らす(55)

■森に“小さな配達人”

 このところ、熱いコーヒーを入れた保温マグカップを片手に、朝の森を散歩することが日課になっている。お決まりのコースを歩いていると、パキパキッと小枝が折れるような音が木立の向こうから聞こえてきた。

 音のする方へと深い雪を膝でかいて用心深く進んだ。音の主は、シラカバの小枝を食(は)むヘラジカの親子だった。バリッ、バリッバリッ。近くで聞くその音は、せんべいをかじる音にそっくりで、何とも滑稽な響きだ。

 ジュッ、ジュッ。その様子を木陰から観察していると、小鳥たちの小さな影が目の前で空を切った。見上げると、シラカバのこずえに20羽ほどの群れが枝から枝へとせわしなく飛び回っている。

 前頭が紅色で胸がほんのりと赤みを帯びたベニヒワたちだ。この森に、春の予感を届けに来る最初の配達人たちでもある。しきりについばんでいるのはシラカバの種か。そういえば、雪の上にはシラカバの種が無数に散らばっている。

 5ミリほどの包皮のようなものは、北の海の妖精と呼ばれるクリオネが両手を広げたような形。そこからはがれた種はオブラート状の薄膜に包まれた1ミリほどの小さな粒である。この種が20メートルを超える木に育つのだから驚きだ。

 ひときわ高いトウヒの横を進むと、懐かしい香りに鼻腔(びこう)がくすぐられ、立ち止まった。何だろう、苦いけれど、どこかみずみずしくもあるような…そうだ、この香りは春の森の匂い。トウヒが放つ針葉樹独特の匂いだ。その匂いには、冬の寒さにすっかり身構えていた心の扉を軽々と開けてしまう不思議な力がある気がした。

 木立の隙間からは、まぶしい朝日が真っすぐに差し込んできた。真冬に南から昇っていた太陽もこのところ、その位置を随分と東に移動している。季節により日の出の位置が大きく変わるのは高緯度地方特有の現象だ。

 昨夜、明るいオーロラに照らされて、ヒカリゴケさながらに淡緑色にキラキラと輝いていた雪の結晶たちが、今度は日差しを照り返してまばゆい輝きを放っていた。

雪の上で見つけたシラカバの種。オブラート状の膜に包まれている=米国アラスカ州フェアバンクス郊外の自宅の森で雪の上で見つけたシラカバの種。オブラート状の膜に包まれている=米国アラスカ州フェアバンクス郊外の自宅の森で

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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