アラスカに暮らす

鉄道の旅(下)〜フェアバンクス終着 〜アラスカに暮らす(52)〜

2012年02月27日

アラスカに暮らす(52)

■旅行本で盛り上がる

 列車がアンカレジを出発してから7時間以上が経過していた。昼に飲んだビールとワインのせいか、ほろ酔い加減で車窓を眺めていると、隣の席に座るタミーとその友人に肩をたたかれた。

 「あの、日本人ならこの人知らない?」。タミーがメモ帳に名前を書き始める。「石田…」

 「まさか、自転車旅の本を書いた?」「そう!私たち彼の大ファンなの」。石田ゆうすけさんは、7年半かけて自転車で世界一周した旅をつづった「行かずに死ねるか」などの著作で知られる旅行作家だ。

 「石田さんなら去年の秋に一緒に講演会と対談をやったばかりですよ」。彼女たちの瞳が躍るように輝いた。カメラにあった石田さんとのツーショット写真を見せると、娘たちは跳び上がって感激をあらわにした。

 おかげで、その様を見て集まってきた車内の台湾娘たちにも取り囲まれてしまった。「僕の本は日本よりむしろ、アジア圏で売れているのです」。石田さんの声を思い出し、心の中でうなずいた。

 そうこうしていると、列車が何もない森の中で止まった。窓の外には、スノーモービルを線路脇に止めたひげ男の姿があった。この原野のどこかで暮らす人だろう。頼んでいた物資らしきものを車掌から受け取っている。フラッグストップといって、駅がないところでも止まってくれるのはアラスカ鉄道ならではだ。

 夏は数百人の観光客が乗降するデナリ公園駅を列車が素通りするころ、窓の外には夕暮れの気配が漂ってきた。上空は強風らしく、山々の頂からは雪煙が流れている。

 雲一つなく濃紺だった空が、桜色から紫色の淡いグラデーションを描いている。銀嶺(ぎんれい)が夕日で再び赤紫色に染まりだすと、潮が満ちるように濃灰色の影が山肌を麓から駆け上がり、海原に浮かぶ群島のように輝いていた鋭角的な峰々はその影の中に没していった。

 「あら、また来たの」。三たび食堂車に座った。ウイスキーコークを頼んだ。暗闇の中、列車は北の終着駅フェアバンクスまでの2時間足らずを相変わらずゴトゴトゴトゴトと走っていた。

夜8時、列車はフェアバンクス駅に到着した。タミー(右)と友人たちは1週間の滞在後、ラスベガスへ行くという=米国アラスカ州で夜8時、列車はフェアバンクス駅に到着した。タミー(右)と友人たちは1週間の滞在後、ラスベガスへ行くという=米国アラスカ州で

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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