アラスカに暮らす

まきを求めて森の中へ 〜アラスカに暮らす(47)〜

2012年01月16日

アラスカに暮らす(47)

■どこか謙虚な気持ちに

 その朝、丸太小屋は冷えきっていた。就寝前に、まきの補充をうっかり忘れたためか、屋内だというのに吐く息が白い。外は相変わらず氷点下30度を下回っていた。ストーブの中では、一晩で燃え尽きたまきがわずかな置き火を残しているだけだった。

 まきストーブが唯一の暖房手段であるわが家では、まきなしで冬を越すことは難しい。ガイドの仕事が一段落した正月明け、早くも次の冬のためのまき作りを始めた。

 空が白々と明けてくる午前10時。スノーシューを履き、そりにチェーンソーを載せ、森に入った。

 膝まで沈む雪面では、ヘラジカの親子、ウサギ、テン、オコジョ、ネズミなどの足跡が行き来していた。ぬくもりとはおよそ無縁のような森に守られた彼らの息遣いが、どこからか聞こえてくるようだ。人は、この身ひとつでは決してあらがうことができない極寒の支配下で、恐れ、身構え、縮こまっているというのに。

 だが、人はこの環境下で生存し得るために、厚い防寒具に身を包み、まきを得るために自らの腕を振ることもできる。少なくとも、100年前は普通だった暮らしのことをこうして思うとき、気持ちはどこか謙虚になる。そして、まきを得るという行為に対して無心に打ち込める。

 ほんの4時間あまりの明るい時間帯に体をめいっぱい動かし、またそりを引いて、窓から明かりがこぼれる丸太小屋へと戻った。

 赤々と燃えるストーブに身を寄せると、凍えていた鼻先や耳たぶに血が通いだし、じんじんと音を立てるように火照ってきた。

 「農民は朝(あした)に霧を払って出で、夕(ゆうべ)に星を戴(いただき)て帰る」。ふと、島崎藤村が残したある詩の一節を思い出す。

 その土地で生まれ、その土にまみれ、その四季の中でめぐる一生を想像した。律義に時を刻む時計の振り子のように、なんと慎ましい暮らしだろう。

 ひたすら田畑に通う寡黙な姿に憧れや尊敬にも似た感情を覚える。遠く懐かしい日本の情景が心に波紋を描く。ストーブで温めたコーヒーを口にした。また明日、森へ入ろうという気力が静かに湧いてきた。

時折、庭に姿を見せるオコジョも同じ森で冬を越す同志のような存在=米国アラスカ州フェアバンクス郊外の自宅で時折、庭に姿を見せるオコジョも同じ森で冬を越す同志のような存在=米国アラスカ州フェアバンクス郊外の自宅で

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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