アラスカに暮らす

みかん色の満月に思う 〜アラスカに暮らす(42)〜

2011年11月28日

アラスカに暮らす(42)

■山の端に ごろり鎮座

 今月8日、日本からアラスカに戻ってから、夏に造り始め、未完成だったオーロラ観測用のキャビン(丸太小屋)の建築作業を再開することにした。作業前の準備として最初に取り組んだのは、現場のデッキや床に積もった雪の除雪だ。

 午後3時、日中は氷点下10度ほどだった気温が日も陰るとともに容赦なく下がり始めた。南の空では、太陽がかすかな桜色を散らした残照を引いて、足早に眠りに就こうとしていた。その正反対にぐるりと視線を移せば、整列したとんがり帽子のようなトウヒの木立の向こうの山の端に、満月がごろりと鎮座していた。

 満月は、いてつく蒼(あお)い大気に閉じ込められたかのようで、それでいて、視界の中で唯一、か弱く、ほのかなぬくもりを感じさせていた。凍る大地と向き合うこの天体に、ぬくもりなど存在するはずもない。それなのに体温にも似た感触を感じたのは、照る月の表情がみかん色をした赤子の肌の色のように見えたからかもしれない。

 冬の夜の満月は不思議な存在だと思う。月光は、森の木々の枝の1本1本、枯れ葉の1枚1枚まで、雪の上に墨絵のように鮮明な影を映し出す。やがて月明かりに慣れた目は、自分の影さえも、真昼のそれよりもくっきりと雪面に焼きついていることに気付く。

 その光景は、かすかに熱を放つ豆電球がともる手製の幻灯機で、セロハンに描かれた黒白の絵を白いふすまに映し出したときの興奮にも似ていて、幼き日のある記憶を思い出させてもくれた。

 そういえば何年か前、月光の下で広げたスケッチブックの白い画用紙に、映る樹影をなぞりながら絵を描いている知人もいたっけ。そんなことなどを思いながら、まだ壁も付いていないオーロラ観測キャビンの吹きさらしのロフトに寝そべり、30分ほどゆるりと昇って行く月の行方をじっと眺めていた。

 静寂の中の独りの時間では、無意識のうちに、さまざまな事象に思いが巡るようである。いつしか夜気とともに冷気が全身に染み込んできた。体を起こすと、はしごを下り、雪道を歩いて母屋に戻ったのだった。

夕刻、北の空に浮かんだ満月は不思議なぬくもりで私を包み、想像の世界へと誘った=米国アラスカ州フェアバンクス郊外の自宅で夕刻、北の空に浮かんだ満月は不思議なぬくもりで私を包み、想像の世界へと誘った=米国アラスカ州フェアバンクス郊外の自宅で

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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