アラスカに暮らす

雨太鼓の音がやむとき 〜アラスカに暮らす(37)〜

2011年10月17日

アラスカに暮らす(37)

■季節が雪を連れてくる

 夜のとばりが森を漆黒の闇に塗りつぶし、影絵のような針葉樹が星空に何本も突き刺さっている。10月初旬のその日の夜空には月がなく、天頂をまたぐ天の川、アラスカ州の州旗にも描かれている北極星と北斗七星もくっきりと見えた。

 今夜はオーロラが現れそうだと期待していたら、にわかに雲が垂れこめ、瞬く星々をその中に包んでしまった。すると、陰影がなくなった空と森が溶け合って、夜は、ただ1枚の黒い画用紙のようになってしまった。

 「はて、残念」と、オーロラ撮影用に準備していた三脚をたたんで、家に入った。まきストーブの上でことこと沸いているお湯でお茶を入れてひとすすりすると、もう一度外を確認した。やはり今夜は、オーロラは難しそうだ。まきストーブの火を細くし、もう2年以上お世話になっている寝袋に爪先から入ると、ヘッドランプを消した。

 視覚がまひした闇の中で、夜と手をつないだ聴覚が敏感になってくる。気がつけば、外では、しとしと雨が降り始め、静かに屋根をたたく雨音が耳の奥に満ちてきた。とんとん、たんたん。とととん、たん。たんたん、とんとん。たたたん、しゃん。

 やがて、どこからか祭りばやしの太鼓のような響きが聞こえてきた。律義で規則正しいリズム。ひさしから落ちるしずくがその下に置いてあった幾つかのガソリン用の空のポリタンクに当たっているのだろう。「雨太鼓」とでもいおうか。なんとも心地よく、どこか懐かしい。

 そういえば、幼いころ、夕暮れ時に降る雨の音をただ聞いているのが好きだった。そんなある日の情景を鮮明に思い出す。とんと、たんた。ととんと、たん。たんた、とんと。たたんと、ぴん。

 暗闇に慣れ始めた目を凝らして見ると、窓の外では小さな綿のようなものが無数に踊りだしていた。季節が雪を連れてきたのだ。明日の朝は、銀世界が広がっているだろうか。雨太鼓が耳から遠ざかるにつれ、僕は深い眠りのふちに誘われていった。

積雪と冷え込みで銀色に染まった森=米国アラスカ州フェアバンクス郊外の自宅で積雪と冷え込みで銀色に染まった森=米国アラスカ州フェアバンクス郊外の自宅で

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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